2009/10/14

【装丁】 『もの思いの論』

草壁先生著の『もの思いの論』、見本が印刷所から届いた。
ジャーン!
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けっこう分厚いです。10章あります。
一番心配だった、カバーの背幅と袖幅(折り返すところ)。実物をみてほっとした。

当初は、考える人のブロンズ像をデッサンして、ワイヤーイメージの抽象画に描き直したものを使おうと思っていた。今回、水源さんのイラストが入るので、合わせてみてるうちに、かち合う気がして、シルバーウィークをつぶしてもうひとつ案を1から作った。
わたしが最初に読んだゲラからも、進化していて、流れる思いのイメージ、思いをまとめ、自分の中心線を見出すことから、竜巻とか、渦潮のイメージが浮かんだ。
そこから色のコーディネイトとともに描いたカバー画がこれです。

カバーを取った裏表紙には、考える先生のイラストを。
P1000234

今回、月刊『五行歌』の五行歌日誌でおなじみの、水源純さんのイラストが10枚以上入っている。ほぼこの本のために描かれたもの。

「思い」「心」「精神」の違い。もの思いにより、自分をまとめ、より最高をめざして詩歌を書いていくこと。
草壁先生が語りかけるような文体で、日ごろおっしゃってることが、わかりやすくまとめられている。
わたしがいうのも手前味噌なのは十分承知だが、ぜひぜひおすすめしたい一冊である。

書籍データ紹介)

草壁焔太著
『もの思いの論-五行歌を形作ったもの』

第一章 思いとは
第二章 もの思いの具体例 五行歌で語る
第三章 思いの体系とその作り方、使い方
第四章 「思う」は内面を統合し、操る
第五章 古典にみる最高のもの-思い
第六章 実作が教えたもの-思いのたいせつさ
第七章 人間論
第八章 宇宙と人間
第九章 文化論
第十章 五行歌はなぜよいか

ISBN978-4-88208-097-8
税込 1,500円
市井社 
<近日刊、予約受付中> 

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2009/09/10

【読書ノート】 ま のすけさんの『おやま?! あ・ら・まっ!!』 

限定私家版 五行歌集 『おやま?! あ・ら・まっ!!』 。

奥付からみると、これが正式なタイトルらしい。
縦は文庫本とほぼ同じ長さ(148mm)で、横幅は、87mm。手に取ればしっくりなじむ。片手で楽に持てるサイズ。判形、軽さも手帳のよう。

最初の「おや?!」は、表紙だ。
すべすべする肌ざわりの紙に、タイトル文字がうすく削がれていて、裏側の透明シートがみえる。なんともめずらしい紙で、かなりお高いものだそうだ。

次の「あらま!!」は、左開きから読むと、8月に行った「五行歌七人展 『軋』展示作品集」であり、右開きから読むと、「限定私家版五行歌集」となっている造本の仕方だ。
見返しの色も左と右でそれぞれ変えている。
「うーむ」がいっぱい。
さすが紙フェチ。
「る・ぐらんふーる」初の出版物でもあるわけで、インパクトもある。

さて、そろそろ中身へ(笑)

展示作品集。いろんな紙のディスプレイとともに掲示されていた、歌たちとの再会。作者ま のすけさんのつぶやきコメントが楽しめる。左開きのため、縦書きも左から右へなったり、いろんな遊びがある。
<紙にできること>の言葉群には圧倒される。紙への愛情たっぷり。

五行歌集。
ま のすけさんもかなり作品があると思うが、ここに入ってるのは30数首。
ぱらぱらと歌をめくると、フォントがばらばらなことに気がつく。
使ってる書体名もひっそり書かれている。
書体見本も兼ねてる? 歌のイメージによってフォントを変えている。
隠しキーワードらしきものにもにっこり。(*^^*)

やわらかいうたいもあれば、硬質な視点が冴えるものもある。いろんな幅を持った方だなぁと感じさせる。30首のセレクトも、バラエティ豊かがコンセプトだったのかもしれない。
ま のすけさんの歌の魅力を知るには、まだまだ足りないし、もっと読みたいと思ってしまう。
以下は気になったお歌と、わたしのつぶやきです。

- * - * - * - * - * - *

誘蛾灯
命の果てへ
近づいて
そして途絶える
音ふたつ


◇俳句をたしなむ、ま のすけさんらしい1首。何気に七五調だが、歌の雰囲気と合っている。
音ふたつ、は、「じじっ」なのか、それとも2匹(二人)の道行か。
わたしは後者を連想した。諸行無常の響きなり。
でももしそれを告げたら、「いや、これは実景でして・・・」とにこにこされそうだけど。
実景を切り取ったところに、意味を見つけたがるのは人の性なのか。
深読みを想定してなくても、何かにぴん、ときたから切り取られたわけで。やっぱりそれは感度というか、センサーが働いてるのだ。
そして読み手のセンサーがまた、言葉から反応する。

- * - * - * - * - * - *

腐らぬもの
朽ちてなほ
地に残される
還れぬといふも
あはれ


◇なるほどなぁと思う。たとえばプラスチックゴミのようなものか。木の葉であれば、堆肥にもなろう。燃えないゴミは、いつまでたってもそのまんま。
作者は、朽ちること=還る、と捉える。これは生きとし生けるものへのやさしい視点であり、愛情である。
 まったく逆の見方もあるだろう。永遠に朽ちることのないものへのあこがれ。でもそれは、生命をもつものには不自然なもの。腐らぬものへの目線は、腐るものへの目線まで届いている。


- * - * - * - * - * - *

月の光に
銀色のあざを曝す
冷やかに
身の内の
水が沸き立つ


◇一読、よくわからないけど、すてきな雰囲気にのまれる歌だ。ま のすけさんは、ときどきこんなふうな抽象的な歌も書かれる。
月の光の下では、本来の色を失い、代りになにか別のものが見えてくるよう。
沸き立つものは、熱い思いか、苦しかった記憶か、それとも怒り?
「冷やかに・・・沸き立つ」だから、マイナスイメージのような気がする。
月の光がなくなり、日の光の前ではそのあざは見えない。
いつものように、明るく「おはよう」と言うのだろう。
ひとりぼっちの月夜でしか見えない「あざ」。誰しも持っていそうだ。


- * - * - * - * - * - *

※限定250部ということですので、ほしい方はお早めに。
こちらから購入できます。←click!↓

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2009/08/30

思い出のカケラ

わずか1週間前のことなのに、すごく遠く感じます。
いろんなカケラを眺めては、ニマニマしてしまいます。
見せびらかし。キラキラ。

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カブトムシ製作中。芯は段ボール。

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搬入。正方形なので、配置もきっちりする。たこ糸を高さに貼って、三角定規を当てながら位置決め。
(撮影kyon氏、一部トリミング)

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誰もいないギャラリーでは、作品だけが聞こえないおしゃべりを始める。(撮影kyon氏)

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虫眼鏡で何が見えるかな? きらきらの目にこちらもどきどき。
(撮影kyon氏、一部ノイズ乗せ)

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来場者プレゼントにした、折り紙豆本(白紙)と、販売した折り紙豆本「万華鏡」。(撮影甘雨氏)

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今回用に作った名刺。(撮影kyon氏)

~ 7 colors ! ~
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ま のすけpresents! 。(撮影kyon氏、一部トリミング)


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前 しおんpresents! (撮影 甘雨氏)


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茉莉歌presents! (しづく撮影以下無記名はしづく)


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如呂如呂presents!


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甘雨presents!  


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かおるpresents! 

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全国募集ゲスト作品。

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ばいばい。ギャラリーいず。また会おうね。謝謝。(撮影kyon氏)

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2009/08/27

五行歌展 「軋」-創作豆本 『カブトムシの匂い』

『カブトムシの匂い』
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五行歌展 「軋」-豆本 「尾瀬」「ヒロシマ」、創作豆本「Museum」

『尾瀬』、『ヒロシマ』
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『美術館 Museum』
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2009/08/26

五行歌展「軋」-井椎しづくパネル作品 「慕」

「慕」
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2009/08/25

五行歌展「軋」ご来場御礼

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8・18から23日まで、搬入日も入れて7日間の夏のチャレンジが無事終了いたしました。
本当にたくさんの方に見ていただき、幸せでした。
仕事とギャラリーと1日おきだったので、お会いできなかった方もいたのが残念です。
心より御礼申し上げます。

- * - *- * - *- * - *- * - *

どきどきしながら迎えた初日18日の朝。
11時の開場の直前、きていたメールは、同期天才システム・エンジニアがバイクで事故死したという連絡だった。
19日には、仕事の後、お通夜に行った。

ほんとにいろんなことがあるものだ。7年ぶりに年賀状だけの付き合いだった病院仲間の方が、見に来てくださり再会できた。抱きついた。
子育てと、受験生を抱えた、3人の男の子のママが夏休みの忙しい中きてくれた。彼女が「紙フェチ」と知ったのは、数年の付き合いで初めてわかったことだった。ま のすけさんの話を熱心に聴いていた。

ネットの古いともだちもきてくれた。感想のアンケートを全部埋めてくれた。
歌会にこなくなったおじさまも密にきてくださった。お会いしたかった。

中学の友だちも来てくれた。
高校の友だちは、「いま小説書いてるの」という。もう一人は「サンバに出てるんだ」と。
キモノのお友だちも足を運んでくださった。
おそるおそる出したDMに、わたしがこんなことやってるという初めてのカミングアウト。
娘や夫にも見てもらって、「おもしろかった」と言ってもらえた。

そしてそして五行歌の先輩、会の方たちが、ほんとにたくさん遠方からも来てくださって。
大感激でした。

今回、わたしは、「事務局」とか「なんとか会」とかそういう自分についたラベルをぜんぶとっぱらって、素で挑んだ。個人の心からあふれる表現欲をみたすために、区切られた壁面に全力で、決められた時間の中で、どこまでできるか、に挑戦した。
何物でもない、ひとりの、井椎しづく、として。

そして、他の6人の仲間も一緒だった。
わたしたちは自立したひとりひとりの表現者だった。

そして、支えてくれたkyonさん、生け花のhanameguさん、映像スタッフの井上さん、ありがとうございました。

なによりなにより、ご来場いただいた皆様、アンケートにご協力ありがとうございました。

さらにわたしのノートにメッセージを残していただけた方、感謝いたします。
折り紙豆本を買っていただいた方、ささやかながら思いが伝わりますように。ありがとうございます。

ご来場者プレゼントで、暇を見つけては折りためた、折紙豆本(白紙)をよろこんでもらってくださった皆様、笑顔のプレゼントをありがとうございました。がんばって用意したかいがありました。

月曜日から、入稿戻し、発送準備、全国大会準備、装丁、と目白押しです。
合間をみて、いらっしゃらなかった方にも、お写真かなにかで、展示のプレイバックをします。
よろしくお付き合いください。

ではでは、また。

心より感謝をこめて。
(夫に、「次の2回目ってのはむずかしいよなー」と、首締めるようなことをいわれつつ・・・(^^;; )

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2009/08/20

うれしかったこと。びっくりしたこと。

一日おきに、仕事とギャラリーとを行き来して、あわてて買い物、ご飯作り、ばたん。の毎日です。
ほんとに毎日いろんなお客様が来てくださって、幸せなことです。

うれしかったことの断片。

ヒロシマの豆本に、「わたしの母が広島出身なんです」「わたしも広島なんです」と声をかけてくださって、歌を読んでくださったこと。
当事者じゃないわたしが、「ヒロシマ」を詠っていいのか、という迷いのなか、
でも、いずれ当事者はいなくなったとき、当事者じゃないものが伝え続けなければいけない時代が来る。
と、思いなおして。
それを、広島出身の方が、喜んでくださったことが、何より安堵し、うれしかったのです。

カブトムシの豆本の羽をひろげたとき、「おー」と喜んでくださる声。

デッサンのモデルを、「自分?」と言われ、仰天したこと。プロのモデルさんですから~!

にこにこしながら、どの色がいいかなーと悩まれる横顔を拝見すること。

ああ、すべてがわたしにとって宝物です。
あと数日だけど、まだ数日もある。
ありがとうございます。家族へ仲間へ、来てくださった方へ。
これから来てくださる方へ。
ありがとうございます。

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2009/08/17

搬入ひとまず完了。

ひえぇぇぇ。とりあえず、飾り付け終了。4時間以上かかりましたが、もっとがんばってる方たちも!
若干宿題も残っていますが、それはまた明日。
帰宅して夕食作ったら、ばったり意識失いました。<寝た。

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7日間お世話になるギャラリーのkyon氏撮影。
(むむむ、かっこいいアングル! そして高さ!)

いままで自分の展示で精いっぱいでしたが、ほかの6人の展示も今日見ることができ、もう、もう、びっくり!
ほんとに素晴らしいんだもの!

茉莉歌さんの生け花、はんぱじゃないっす! 別空間を作り上げてるし。
甘雨さん、さすがのクオリティ。墨。
アーチストかおるの画廊ディスプレイ。
ま のすけさんの、さわれる展示。
前しおんさん、おしゃれマダムな展示。
如呂如呂さんの、くっきり大ぶりな見せ方。なぞのテレビデオ。
よくまあ、皆様、工夫をして、個性的な空間をデザインされております。

また、全国から募集したお歌も、おしゃれなディスプレイでこちらもいい感じで。

いや、こんなにすごいことになるとは・・・。お時間ございましたら、ぜひご高覧くださいませ。
いままでの、五行歌展とはちょっと違うものが見られると思います☆
お待ちしております。

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2009/08/14

在廊日など

今週のお仕事も終わり、あとはいよいよ展示まで突っ走るだけー!
七人の仲間&moreと開く

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 
五行歌展 『軋』

2009/8/18(火)-23(日) 11-19時(最終日は14時)
銀座ギャラリーIZU

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

しづくは、18火、20木、22土、23日の午後にいる予定です。
13:00-17:00は確実にいようと思いますが、その前後はちょっと未定。
火曜日は開始からいることでしょう。
なんかごちょごちょ悪あがきしてるかもです。coldsweats01 
鼻血がでそうな初日ですしー。

他の方の在廊日は、甘雨隊長のサイトにございまするので、ぜひチェックしておいてくださいませ。
よろしくお願いします。

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2009/08/09

製作中。

P1000164
残暑お見舞い申し上げます。sun
風邪のようすは、治ったんだか治ってないのか、調子はよくない。
ああ、でもいよいよ展示まで1週間ほどに。
いま作ってるのは、販売用の「折り紙豆本」でっす!

教えていただいた折り紙豆本には、留め具はついてないんです。
今回和紙を使ったりしたので、ボリュームがある分開きっぱなしになるので、悩んで留め具を作って付けてみました。すると、開く楽しみも生まれて、いい感じに! 

せっかくだから記念に持ち帰って読んでいただけるささやかなもの、として作ってみました。
タイトルは2種類、デザインはいろいろ工夫して違えていたりします。
意外と手間がかかりまする・・・。だけどね、もし、もし、気に入っていただいて、留め具をそっとはずして開いたときに、喜んでもらえたら・・と想像するとね、がんばっちゃうのだ。
少ししか作れませんが、見本を見ていただけるだけでもうれしいです。

いや、でもそろそろパネルもやれよ<自分
さっき、もうひと組のパネル用に歌を印刷したら、前回作ったパネルと合わなくて、すねていたのだ。
B5の紙が切れちゃって、近くで手に入らない・・・>A4で作る・・・>合わないorz
すると別のことがしたくなって・・・・>今に至る。

この夏一番濃おい一週間になりそうです。
みなさまもお体ご自愛ください。

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2009/06/24

五行歌展「軋」 DMできました

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8月に銀座ギャラリーいずにて、7人で五行歌展を企画しています。

今日、甘雨さんに、注文していたDMいただきました。この厚み!
ながめてはうっとり。happy02
デザイン甘雨さん。かっこええわぁ。
7月になったら五行歌を知らない知人などに送ってみようかと思います。
わたしと会った方もいやでも? もらうかもしれません。bleah


PhotoPhoto_2

ここ数日、毎日のようにカッターと紙とノリと格闘中。
さんざ悩んで、形になった! と思ったとたん、絶望。
なんでちゃんと作らないと、わからないんだろう、とため息がでる。
残骸山盛り・・・。
まだメインの壁面に飾る歌のセレクトに迷いがある・・。

銀座の画廊であえて(まあお金をかけて?)やることの意味を考えています。
ふだん自分のテリトリーにいない方たちと出会えればいいなぁ。
五行歌を通じて、心のやりとりができたらすてき。

あと、やっぱり「本気!」になる、ことかしらん。
習い事でも、自腹を切ると真剣になるみたいな。
ああ、これで痩せるともっとうれしいんですけど、なぞです。

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2009/03/03

装丁 『嫁』

Yome1

本木光子さんの五行歌集『嫁』が出来上がった。
20歳で三世帯六人の大家族へ飛び込み、介護、農業、育児とまさに嫁として生きてきた自叙伝的歌集である。
最初装丁のお話をいただき、本木さんのバックグラウンドを知りたいと、お宅へお邪魔して取材させてもらった。
家を継いでゆく重さ、大きさ、暖かさなどを感じることができた。

草壁先生が、3つのタイトルを選ばれ、その中で作者が選んだのは、『嫁』だった。
嫁。このインパクトのある言葉を聞かされた時、とほうに暮れた。
しかし、本木さんのお歌を何度も読ませていただき、お宅へも伺って、反芻し、まさしくこの生き方は「嫁」であり、嫁の王道をとことん追求した装丁にしようと決心した。

Yomecover

取材したときの写真を加工したり、スケッチしたり、あれこれ迷っているうちに、家紋はどんなものだろうと思い付いた。幸い家紋がうつくしいものだったので、家を背負っているイメージで、大きくあしらってみた。
また、嫁のイメージとして、姉様人形をつかってみたいと思った。

家紋は、ネットで模様をみて、自分でトレースした。姉様人形も、アウトラインをトレースして色つけやデザインは自分で描いてみた。今回、背が力作です!

著者に装丁案を2つ提示したのだが、もう一方は、グリーンから稲わら色のグラデーションに、アクセントの絵をそえたものだった。本木さんがそれを気に入ってくれて、帯に使いたいとおっしゃってくださった。
こうして、墨、特色2色、計3色の豪華な帯が誕生した。
これは、若くお嫁入りした、青い稲穂から熟した実りの稲のイメージを、著者の人生と重ねてみたものだった。

花裂、しおりも黄色。見返しは若葉。とりかかってから、一番時間がかかったけれども、できあがりをみてやっただけの苦労は報われたと思った。
装丁をしづくさんに、とおっしゃっていただけたのも大変うれしかった。
ありがとうございました。

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2009/01/17

関東合同新年五行歌会の歌

1/10(土)が関東合同新年歌会でした。
参加者が多く、小歌会はひとつあふれて別室になった。
今年は、牛肉の種類がテーブル名に。
12名の小歌会に参加した。
いつもと違う司会、メンバー、雰囲気を味わう。
わたしの歌は、

  真剣な目が
  好きだ
  たとえば
  ピカソの前で
  佇む人の      (関東合同新年歌会提出歌)

点を入れてくださった方のコメントの後、入れないけど「はい」と手を挙げてコメントをくださった方がいらした。
うれしい。
その方いわく、「ピカソ、にひっかかった」と。
ピカソの絵は何を描いているかわからない、とおっしゃり、「たとえば」と引く例としてその方の中で腑に落ちなかったという趣旨のことを伝えてくださった。
数秒あれこれ考えたのだけど、「わかろうとしなくてもいいのではないでしょうか」とだけ発言した。

以前書いた歌。サイトにも載っているが


  か だ わ わ こ
  ん っ か た れ
  じ て ら し は
  る   な に な
  も   い も |
  の       に
  だ       ?
  か        
  ら        


  ニ わ メ 残 時
  ヤ か ッ さ を
  リ る セ れ 越
  と か | た え
  笑 い ジ   て
  う ? が    

私にとって、ピカソはおもしろくてしかたがない。目に見えない部分を描こうと挑戦し続けた人だと思うし、二次元で三次元の構図を実現した人だと思っている。
グロテスク。
わからない。
気持ち悪い。
残酷。
(いやものすごい静謐な作品もあるのだけれど・・・)
上等だ。

それこそが描きたいものだと思う。
でも、ピカソを嫌いな人にはわたしの歌は届かないのだと知る。
でも、だから、言いたい。伝えたい。
絵と対話する人のきれいさを。
無垢なかがやきを。
それを見た感動を。
自分に刻み込むためにも。

自分の表現をパーフェクトに伝えようとする挑戦は、ある意味不毛なものなのかもしれない。
絶望の中から、ひょっとして伝えることができるのではという奇跡の光を恋い焦がれ続けるものなのかもしれない。

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2009/01/05

仕事始め

    ほ  パ  投  お  古 
    ら  チ  げ  焚  く 
       パ  こ  き  な 
    何  チ  め  上  っ 
    か  と  ば  げ  た 
    昇  爆     に  お 
    っ  ぜ        守 
 し  て  て        り 
 づ  い           を 
 く  く             
                  


あけましておめでとうございます。
本日仕事始め、本部歌会でした。
元旦から世界も日本も厳しい情勢ですが、心が折れないよう、光にむかっていけますよう。

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2008/10/28

歌会がゴールではない

昨日、興奮さめやらぬ頭で眠れない夜、考えていた。

エリザベスさんが話してくれたことを考えながら、はっとしたこと自分でたどりついた考えがある。

歌会がゴールではない

自分自身、いつのまにか歌会を続けていれば、なんだかそれでいいような気がしていたことに気がつく。
ぜんぜん違うよ。
歌会はトレーニングの場で本番じゃない。

本番は、自らと向き合って内なる声との対話をし、あふれるものを表出することだ。
知らないうちにずれていたんだ。
もっと前はわかっていたいたはずなのに、迷子になってた。

エリザベスさん、ありがとう。

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2008/10/27

第一回五行歌世界大会終了

無事、閉幕いたしました。
目に浮かぶのは、みなさんの笑顔です。

みんないい顔してるなぁ。
すなおな人の顔。
リンダさんが、「私は日本語が読めないので、写真を見て、みなさんの顔からみなさんを想像しています」とおっしゃっていたけれど、顔から受けるものってたしかにあるかもしれない。

印象的だったのは、三輪えり花さんの英訳朗読。
演出家でもあり、舞台女優さんでもある三輪さんの朗読は、魂がこもった大変力強いものだった。

そして今日の、アメリカからいらしてくれた三名のスピーチが素晴らしかった。
特にエリザベスさんは、やさしい単語を使って力強くスピーチしていただいたので、すごく気持ちが伝わった。

なぜ、詩を書くのか、アメリカ人として五行歌を書く意味、描き、読み合うことの大切さ。
黙考することで自分自身を見つめること。
ポッサラッセ氏の対訳もすばらしく、エリザベスさんのことばには、震えるような感動を味わった。

矢田ドミニクさん(日本語堪能)は、フランス語教室で五行歌を取り入れたお話をしていただき、1首の歌を日本語、フランス語、英語(英語はエリザベスさんが朗読)して、それぞれの持つ言葉のうつくしさを堪能した。

韓国のナ・ソユンさんは、イラストレーターである。ことばで詩を書くことはいままで苦手だったという。五行歌を知って、気持ちを表現することをしったと自らの体験を話していただいた。
この二日目のミニ講演会は、ああ、ほんとにわたしたちがやったのは、世界大会だった! と心から思えた。

終わった後、片言ながらリンダさんやエリザベスさん、ドミニクさんとお話できてうれしかった。
もっと英語が上手になりたい! 佐々木さんはもう英会話をまた習いはじめたという。いやもう話せるじゃんと思いつつも、もっとコミュニケーションできると楽しい。
あと4年。
またどんな出会いがあるだろう。
わたしたちも、ただぼんやりとしていられないよ。
今からどきどきしている。

遠くから集ってくれたみなさまに心から感謝を捧げます。
大好きです。

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2008/09/23

突然の訃報

昨日の朝、携帯に届いたメールから、ひとつの訃報を知った。

五行歌の同人の方だった。
歌会代表や講座の講師もされ、介護施設の理事長として東奔西走されていた方だった。
過労だったのだろう。
路上で倒れてそのまま病院で亡くなられたと聞く。

こんなことってあるんだ・・・。
けして親しかったわけではないが、お人柄の誠実さ、五行歌作品の実直さをひしひしと感じる方だった。
歌がふだんの信条や、行動、生きる姿勢そのままだったように思う。

もっと歌のうまい人はいっぱいいるかもしれない。
でも、自分の生身とぴったり裏打ちされたことばの真剣さを見たとき、「うまいってなんだ?」「どれほどのこと?」と思わされる。
自分だけしか書けない、自分の軌跡の歌には、わたしは敬意をはらいたい。

悲しいです。
松本孝博様
天国で、ゆっくりお休みください。

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2008/09/20

【装丁】 『すぐ書ける五行歌』

ようやく見本が届きました。月末までには流通しそうです。
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『五行歌を始める人のために』(市井社刊)や『五行歌入門』(東京堂出版)が絶版になってしまい、入門書と呼べるものが『飛鳥の断崖』のみになってしまっていた。
初心者向けの五行歌入門書が待たれて久しかったので、待望の一冊といえる。

タイトルは『すぐ書ける五行歌』と、とっつきやすいものなのだが、奥も深いので装丁はあまり軽くしないでおこうと考えていた。
今年の国際ブックフェアで、置鮎(おきあい)早智枝さんの墨絵作品に出会い、ほれこんでいた。装丁に使いたいと思って温めていたので、コンタクトをとり交渉して作品を使わせていただけることになった。
墨のコントラスト、ぱっとひらいた手の5のイメージ。
まずはカバーに、作品が一番映える形で。

カバーをとった表紙にお楽しみのデザインを入れるのは、本好きの性である。
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「すぐ書ける」イメージを、スラスラと流れるような曲線で表現してみた。手のモチーフをワッペン風に入れた。
カバーの使っている色味が多めなので、表紙はシンプルにグレースケール1色にする。
スミ1色でどれだけデザインできるかのチャレンジでもあった。

帯は、置鮎さんの作品のアクセントカラーである朱に近い赤で。
重たい赤にしてしまうと、全体が重くなってしまうので、明るくしたかった。

見返しは、あさぎ色。本扉は、画像処理でグレースケールにしたものを大きく使ってみた。
カバーは、どうもこじんまりと納めてしまったので、大小のめりはりをつけた。
20080918299

置鮎さんのおかげですてきな装丁に仕上がったと思います。
ありがとうございました。

市井社から本体価格、1,100円です。
月末くらいから書店やネットから注文できると思います。
よろしくお願いいたします。

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2008/09/07

デッサン教室3回目、恋話の夕べ

6日の土曜日、ひさびさのデッサン教室へ。

なんだか鉛筆の持ち方を忘れてしまった・・・。
うまく手が動いてくれない。

モデルさんは女性。でも、今回なんだかポーズがちょっとずつ動いて変わってしまう人だった。
さっき描いたラインが、今度は見え方が変わってしまう。
うーむ。これはどうしたものか。

何枚か書いたけど、納得できるものなし。
1枚だけ、文化祭の展示用に描いたものが、まだましだったかな。
父母デッサン教室コーナーに展示されるらしい。
名前の札を出すと、生徒(子)にいじめられると不評だったcoldsweats01ことから、無記名で。
作品に小さくサインのみ。

デッサン教室の最後のパートは早引きして、小岩へ向かう。
恋話(こいわ)をテーマにした五行歌の公募の入賞作品発表会があったので、カメラマン?として参加。
最優秀の方は、茨城からかけつけてくれた20代の女性。
発表も、大きな屏風を作ってくださり、水源純ちゃんから賞状の授与があった。
集まってくださった皆さんに、五行歌の紹介と作品例をみていただけて、よかったと思う。
来年は、地元の応募がもっと増えるといいなぁ。
Rimg0541Rimg0557

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2008/06/21

「ラココカ展」へふらりと

かちたさんにDMをいただいて、行ってきました「ふらり銀座でラココカ展Vol4」。
さまざまなアーチストが集ったグループ展ということで、ちぎり絵、革細工、写真、フェルトアート、手芸、などいろんな方たちが参加されていました。かちたさんのスペースは、一番奥でした。
どなたかとお話されていたので、手前から展示をみていきました。

フェルトの動物マスコット、超かわいかったー。
うちの子がもう少し小さければな・・・と思ってしまった。
実演で作っていらして、見とれる。

貸し空間ラココカのkyonさんと少しお話しして、「かちたさん~!」と呼んでもらってしまった。
こんにちはーと挨拶すると、ダンナサマー(笑)もいらして、今回の展示のDIYなど協力されたとのこと。
写真を一枚撮らせていただいたのがこれ。すみません、携帯でぼんやりしててbearing
080621
大きなパネルも、小さな額の裏打ちも、ご自分でなさったとか。
手作り感いっぱいで、でもおしゃれで、とてもバラエティに富んだ展示でした。

一人でなかなかこれだけのものを見せるって、すごいこと。
書、写真、詩、五行歌、と幅が広いからだとおもった。

どれか一つだったら、こんなふうにできない。
惜しむらくは、あと一日なこと。しかも最終日は2時までとか。
お天気いまいちですけど、すごく参考になるし、刺激になる展示でしたので、ぜひふらりと。

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2008/05/29

桑野 量 『桜、鳴り響く』

この本は、どういうジャンルになるのだろう。
7&Yみんなの本屋さんでは、文芸>人生論>言葉の贈り物、とある。
散文詩のような文章と、五行歌。
あまりプライバシーにふれると、彼が照れると思うので簡単にするが、最初の出だしはこうだ。

僕は高校生の時に、あんまり学校に行かなかった。
「不登校」や「引きこもり」って言われてた。

彼はじっくりとした時間の中の思考と、人との出会いを経て、当時は説明できなかった「違和感」に決着をつけたいと思うようになった。

帯より

自分の感情的な思いを相手に伝える事は難しい。それは家族や友達の間でもそうかもしれない。

相手に届ける事ができなかった思い。
伝える事をやめてしまった思い。
受け止める事ができなかった思い。

僕は、その思いを橋渡ししようと思った。

SakuracoverSakurahyousi

カバーデザインは、彼のデザインイメージ案をもとに、実現する手段を相談しながら、製作した。
表紙は、やわらかいクリーム色。そこに置く文字は、オリーブグリーンを選んだ。
見返しのピンクは、作者の希望。本扉は、グレースケールで、半分だけに、サクラを置いた。
帯は、樹の幹の色。表紙のクリームとも相性がいい。
パソコンの前に二人で座って、「あー」とか「なんか違うなー」「違いますねー」とか言いながら、調整した。
彼の色彩感覚や、センスがいいので、やっていて楽しかった。
私自身、すごく満足する大変うつくしい仕上がりとなった。



Sakurain
心の弱っている人は、文字を追うのが辛いから、と文字も大きく、読みやすい。
文字の配置、章の区切りの花びらのアイディア、細部まで量くんの配慮が行き届いている。
編集の真造さんとくびっぴきで、こちらも調整していた。
わずか70ページにも満たないが、これだけのものをまとめるのに、彼はほんとに身を削るような打ち込みかたで集中していた。体を壊しやしないか、はらはらするほどに。すごくがんばったと思う。

この本をてにとって、勇気がでた、とかやさしい気持ちになったという声が届いているそうだ。量くんのことばが桜吹雪となって、救いの手を差し伸べているそのてのひらへ舞い降りますように。
そして、またここから、新たなステージへ、羽ばたいていけますように。

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2008/05/25

シャッターは下ろされたまま・・・

うーんと、これから書くことが悪口っぽく響かなければいいなと願う。
むずかしいのだけど。
相手がネットをしていないというのがわかってるので書けるズルさを利用してるから。
でも、わたしがいいたいのは、すごく本質的なこと。

昨日は、AQ五行歌会でした。
新しく二人の女性がご参加くださった。
おひとりは、やや熟年女性。以下Sさんと呼ぶ。
おひとりは、おそらく二十代の女性。

AQのほかのメンバーは、30-40代の女性5名と、30代ー60代の男性6名。
わたしたちはどう映ったのかな?

Sさんは、最初から表情が固かった。
最初のプリントを配り、選歌のときも、「なんだかお若い歌が多くてわからないわ。(点とか)つけられない・・・」とおっしゃっていた。点がつけづらいのはわかるので、その方は2首だけ○をつけて提出されたものを、受け取った。

60代のにこやかなOさんが、「わたしも最初場違いなところへ来たな~と思ったんですよ。だけどみんないい方で、もうこの5月で3年目になりました」とおっしゃってくださった。すごくうれしかった。

歌会がはじまり、1首1首、ていねいに感想が交わされ、作者コメントを聞くという時間の中、Sさんの表情を何度盗み見てもすごくつまらなそうにしていた。
歌に関心がないようにみえたのが、とてもかなしかった。
こんなにみんな熱いおもいで、しずしずと差し出される1首1首をちゃんと手にとってみてくれないって、なんてかなしいんだろう。

わたしはSさんの発言を待っていた。ようやく彼女が点をいれた歌のコメントを聞ける。
「よくわからないけど、なんか流れがよかった。ただそれだけです。」とおっしゃった。
歌のコメントは、むずかしい。7年も歌会にでてるわたしでも、いまでもむずかしくてうまく言えない。
正直がっくりきたけど、まあそんなもんかな、と思った。

もう1首のSさんの取ってくれた歌。「流れがよかった。歌の意味はちょっとわかりません」
心の中で、椅子から落ちてた。

Sさんはわたしたちにひとこともあいさつせず、さっさと帰ってしまわれた。
最初にわたしたちを見まわしたときに、すでにSさんのシャッターは下りていたのだ。

わたしたちの歌をちゃんと読んでくれていたんだろうか?
みんなの思いをすくいとろうと少しでも思ってくれなかったんだろうか?
年齢とか、経験とかにこだわらず、心を開いてほしかった。
こんなにいとしい魂たちの歌を、なぜ見てくれないのだろうとかなしかった。

Sさんはもういらっしゃらないだろうな、とおもう。
別の歌会のほうがいいのかもしれない。
年齢は関係ない。
心の開き方だ。

AQの参加者はみんな実年齢を忘れてる人が多いと思う。
そこにこだわってない。
どう感じて、どう表現するか、どう伝えるか。
そんなことを考えているひとたちだ。

表現をするって、そういうことなんじゃないかとおもった。


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2008/05/06

髙地清子五行歌集 『雫となって』

わたくしの装丁、第五作目。とうとう完成しました・・・。
今までで一番時間がかかりました。

というのも、作品がすべて書なのでスキャンしたデータを、版面にバランスをみながら張り込み、縮小率を全部計算したんです。(まあ、エクセルがね)
カバーも今回は台紙の版下データつくりから全部自力でやりました。(イラレ猛特訓。)
表紙の図案は、素材屋さん「電網快快」のやぎさまから提供いただきました。快諾、ありがとうございました。m(_"_)m
「戦国時代前後に日本に渡来した、茶道の道具に使われる名物裂という生地に取材した壁紙」の中の一枚を使わせていただきました。印刷には、ちょっと解像度が低かったのですが、ひっそりと表紙にしこませていただきました。

SizukuomoteShidukuura
カバーの裏にあるのは、5つの章のタイトル。墨字はすべて著者の直筆です。

ShizukukasaneShidukuhonmon


判形はA4変型、並製ですがどっしりとした横長の本です。
裏移りしないように、本文紙も、いい紙使ってます。
表紙は、カバーがきりっとすっきりしたものにしたので、こってりと色味をのせました。
見返しは明るいクリーム。著者のお好みを取り入れて。
本文は、落款印の朱と墨の二色刷り。
いやいや、豪華です。
タイトルに「雫」も入っていて、思い入れの深ーい作品になりました。
税込定価、2,000円。連休明けから配本になりますので、もう少ししたらネット書店からもご注文できます。よろしくお願いします。(笑)<ちょっぴり営業。

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2008/01/14

2008関東合同新年歌会

1/12(土)は、池袋で関東合同新年歌会でした。
お天気が悪い中、140名くらい集まって、大盛況。
なんとか二次会まで無事に終ってほっとした。
お手伝いいただいた皆様、ありがとうございました。

歌会は月に一回しか出られないわたしにとって、この会の小歌会が楽しみ。
事前投票で全部のウタについて点をつけるが、当日も12名くらいの小グループで歌会をする。
ふだんご一緒できない方とご一緒できるのが楽しみなのだ。
今年は、山の名前をグループ名にした。
わたしは「榛名(はるな)」山。竹久夢二ゆかりの山である。ぐふふ。

グループ1席は、坂本正子さん。

鍬をもはじきかえす
かたい土が
しゃっきっと
芯までしぼりあげて
甘さいよいよ深谷葱


わたしも3点いれた。深谷葱は太くて、煮るととろんとやわらかく甘ーいぜいたくな葱だ。
坂本さんによると、深谷葱は独特の育て方をするそうで、土をどんどんかけていくのだが、掘り出すときはとても固くて、雨の後でないと掘れないそうだ。
「しぼりあげて」は、ねぎの巻きがしっかりしてるところの表現。
この歌は、いろんな五感を刺激してくれる歌だと思った。
他の方のコメントと、作者コメントから、かたい厳しいものから、いいものが生まれる、人生になぞらえたという読みがでた。
「ああ、そういえばそうだな」とそれを聞いておもった。
読んだ時、同時にそれも感じていたけど、感想のことばとしての意識に昇らなかった。
人のことばとして聞いて、たしかにそれも感じていたとわかる。

歌会をしているとそういう経験がいっぱいあって、みんな短い時間の中で、すぐにそれがわかってことばで表現できるのがすごいなーと思う。わたしは最初に感覚とか、映像がくるので、それがことばとして腑に落ちるまですごく時間がかかる。同じことを本当にわかったと思えるまで、数日間考え続けることもしょっちゅうだ。
だから歌会コメントは、苦手である。
苦手だから、他の人のコメントを聞くのが楽しみだ。

自分のウタも紹介しておこう。

迷ったときは
心の中の
あなたに聞こう
あなたの答えるだろう
言葉に耳を澄まそう


あなた、は、実は自分なのでは? という指摘に、「ああ!」と心を射抜かれた気がした。
あなたは、実在しているが、連絡がとりずらい状況にある人だ。
以前入院しているときに出会った彼女は、多くのことを教えてくださった。あの人ならどう考えるだろう、と客観視することを、自分のバランスをとる上で大切にしてきた。

でも、たしかに、それは自分の声なのだった。
あなたの皮をかぶった自分なのだった。
ああ、今日ここにいて、よかったとじーんと思った。
ありがとうございました。

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2007/12/02

悠木すみれ五行歌集 『花冠』

20071115
同僚で友人ですばらしいうたびとの、悠木すみれさんの歌集ができあがりました。
ネットでも買えるようになりましたので、セブンアンドワイみんなの書店の「しづくの本棚」へ入荷しました!

装画はすみれさんご本人のもの。3点ほど見せていただき、これを使ってみたいと思いました。
あとはすみれさんのご希望と相談のうえ、一緒に作った装丁になりました。
紙の手触りがいい感じです。ニス引き仕上げ、というものにしました。

草壁先生の跋(帯より) 悠木すみれの持つものは、人としての豊かさと大きさであろう。よく心の豊かな人ということがあるが、総じてこれ以上の範例はないと言っていいほど、この歌の世界は多くのものを自身の心に溶かして内包している。

すみれさんの持つ、愛情の深さや広さ、寂しさがうわーとこみ上げてきます。
僭越ですが、月刊『五行歌』二月号に書評を書かせていただく予定です。
よろしくお願いします。

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2007/11/02

篠田耐江五行歌集『慈しみの海』

ここ一ヶ月ほど、忙しかった。息をまともに吸ったり吐いたりできてないな、と思ってた。
ようやくそれも一区切り。

わたしの装丁第三作目。
大分の同人、篠田耐江さんの五行歌集『慈しみの海』が完成した。
20071102

提案は、写真をつかったもの2作とご本人の希望の「茜色のグラデーション」と三つだして、やはり最後のグラデーションがいいということになった。
自分の中のイメージを描画するべく、パソコンとタブレットで何枚も描いていた。
いったん入稿したのを、なんだかもう一回差し替えたくなって、また4時間くらい描き直した。
けっきょくもとのがいいということになり、最後までばたばたと苦しみぬいてしまった。

ピカピカしたPP張でなく、マットPPにして落ち着いた感じに仕上がったと思う。
下の方の赤みを感じさせたくて、帯はやや透けるものにした。
見返しは和風のぬのぎぬ、しんくを。
篠田さんのまっすぐな激しさをこめてみた。
さんざん生み苦しんだだけに、愛しくみつめている。

今日は、すみれさんの歌集『花冠』も入稿した。
表紙絵は、すみれさんが水彩で描いたもの。
印刷所にわたすとき、嫁に出す気分だ。あとは校正があるが、ほっとひとごこち。
今週末は、ゆっくりしよう。
デザインの本もゆっくり読もう。

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2007/10/28

五行歌全国大会in熊本

今年の全国大会は、熊本。行ってまいりました。
歌会のほか、馬刺しを食べ、月見温泉に入り、阿蘇の山を観光してきました。
熊本の実行委員会のみなさまの、すばらしいチームワークとホスピタリティ、サービス精神に頭が下がりました。
心より、ありがとうございました!!!

ふだんなかなかお会いできない皆さんとお話できるのも醍醐味です。
お声をかけられず、遠くから拝見する方もいたり・・・。

来年は東京にバトンタッチになります。ふひー。


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2007/09/07

チェンマイ広報のデモ YouTube貼り付けテスト 

撮影者:Mr.PingPong  
場所:チェンマイ旧市街「ラッチダムノエン通り」 サンデーマーケット(歩行者天国)
日時:2007年8月26日(日)


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2007/09/01

ただいま。

昨日、帰国しました。
今日は、もう朝から6時起きで、お弁当つくりです。
写真をまとめてみました。(あー3時間もかかっちまった。順序がうまく並ばないのだ)
雰囲気が伝わるでしょうか。

多くの方に支えていただき、感謝です。コープクンカー。
http://shiduku.cocolog-nifty.com/photos/2007/

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2007/08/18

阿蘇へそのまえにタイへ

今日、10月の五行歌全国大会のウタを送りました。
(えへん。みんな送った? )

阿蘇は以前いったことがあるのですが、春だったのでまた違った秋の阿蘇が楽しみです。
その前に、バンコクとチェンマイへも。もうあと10日ほどで行ってきます。
こちらも五行歌がらみで、先生に同行してきます。

個人的には、チェンマイの方が楽しみ。
遺跡や、銀細工、織物、陶器、雑貨などすばらしい見所がたくさん。
でも、お買い物に付き合ってくれる人がいなさそうなので、見られるかどうかちょっと不安ですけど・・・。
バンコクは、世界一犯罪が多いらしい(窃盗など)ので、おとなしくしていようと思います。
無事行って帰ってこられますように。

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2007/07/25

メインサイト、歌について語ろう更新

ココログがしばらくメンテナンス中でした。

メインサイト、久々に更新しました。
「続・歌について語ろう」を追記しました。
自分勝手に熱く語ってるので(苦笑)、よかったら読みに来てください。

しづく本家。

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2007/07/24

だめもとで・・・タイへ行きませんか?

草壁先生が、8月27日からバンコク、チェンマイへ行く旅に同行しようと思っています。
大阪から堺さんもいらっしゃるのですが、成田発のチケットが一枚キャンセルになったのです。

実はバンコクに知り合いがいる!
チェンマイに一度行ってみたかった!
パスポートは持ってる!
いずれバンコクやチェンマイの歌会へ行ってみたい!
22日バンコクで反政府集会と警官隊が衝突して106名の負傷者がでたけど、夜外出しなければだいじょうぶだろうと適度に鈍感力の優れている方!

至急五行歌の会または、わたしまでご連絡を!
25日水曜日の夕方になってどなたもいらっしゃらなかったらキャンセルします。
31日前までならキャンセル手数料5000円なのでつ。

◇粗いスケジュール

27日 成田10:50発 バンコク着15:25 バンコク泊
28日 午後講演会 バンコク泊
29日 チェンマイ講演会 チェンマイ泊
30日 深夜便にて帰国、31日成田8:05着です。

※ビザはいりません。 

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2007/06/24

どこまでもころがる妄想

土曜日はAQ歌会だった。
わたしはプリント係りなので、自分の歌をまとめるのはいつも遅い。
ところが今月は、木曜日には出す歌を決めていた。

 永遠に続いてほしいもの
 草野正宗の詩の中の
 いびつな愛情
 満月の
 前の夜

スピッツを聞いていて、このなんともいえない世界観を歌にしたくて、もだえていた。
ねちねちといつまでも片思いでいたり、寝ないで一晩中寝顔を見詰めていたり、
一歩間違えば変人になりそうな、あやうい恋心。
暑苦しくて、うっとおしくて、でもどっぷりひたるとこの上なく心地よさそうな。
好きだけど、嫌い。
彼の詩は、わたしの中でとても微妙な位置にある。

上の歌をつくってから、はた、と考え直し、「満月の/前の夜」、「十四番目の月」と悩みつつ、なんだか手垢のついた表現が嫌になった。

「スパイダー」を聞くうちに、彼はクモみたいだと思い、クモの糸って、蚕みたいに暖かいのかなと想像し。
このがんじがらめの愛情は、クモにかかった虫みたいと連想し。
元気なときは「うざいなぁ」と思うけど、気持ちが弱ってるときは、「みゅ~」と甘えたいなぁと想像し。
できたのは、こんな歌。

 気持ちがざらつく日
 うっとおしいほど
 見つめられながら
 温(ぬく)いクモの巣に
 包(くる)まれて眠る

クモの巣にかかって、ぐるぐる巻きにされたら死んじゃうよ? と心配までされて苦笑。
いや、あのね、食べられるってさー大人の意味もあるじゃん?
と、そのうるうるの目をみたわたしは、とてもじゃないけど、言えなかったよ。
(クモさんのことは愛しているのです。クモの愛し方がうっとおしいだけで)

いやー、わけわからん歌ですな。でもなんか自分は、とことん妄想をころがして、満足した一首でした。

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2007/04/22

五行歌作品アップ

最近はずっとブログしか更新していませんが、わたしのメインサイトは、「エッセイの小部屋」なのです。まあ、芸のないネーミングで、軽い気持ちで初めてもう10年近くやってるのです。
ひさしぶりに、2006年の作品のまとめと、2007年の作品をちょっとアップしました。
ほとんど本誌へ投稿したものですが、ネットのみなさんにも見ていただきたく、こちらにも更新情報をお伝えします。
わたしはむずかしい歌は詠めませんが、心を伝えるウタを詠いたいと思っています。
それが、誰かの心に届いたら、この上なくしあわせなのです。
ブログは縦書きがうまくできないので、こちらに作品を載せることはほとんどありません。
よかったらみてやってください。

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2007/04/18

読書ノート『石川啄木-評論』詩人の詩よりも、人間の声を

草壁塾で紹介された『石川啄木全集 第四巻-評論・感想』S55 筑摩書房刊、を図書館で借りて読みだした。
とくに「弓町より(食ふべき詩」と「歌のいろいろ」とのアドバイスがあったので、そこを先に。
前者は、9ページ足らず、後者も6ページくらいの分量だ。
(※『弓町より』は青空文庫で読めます)


国際啄木学会の講演で、草壁先生は、「啄木は非常に意識が冴えた人だった」と話された。この二つの評論からもそのピーンとした緊張感が伝わる。

「歌のいろいろ」から
啄木が朝日歌壇の選者だったときに、ある投稿者に注目して「歌を作ることを何かえらいことでもするやうに思ってる、莫迦な奴だ」と思いつつ、「羨ましい人だ」と思う。

未だ嘗て自分の心内乃至(ないし)身辺に起こる事物に対して、その根ざすところ如何に深く、その及ぼす所如何に遠きかを考へて見たことのない人である。(中略)私はこの人の一生に快く口を開いて笑ふ機会が、私のそれよりもきっと多いだらうと思った。
(中略)
若某君にて唯一つの事、例へば自分で自分を憐れだといつた事に就いてでも、その如何に又如何にして然るかを正面に立ち向かって考へて、さうして其処に或る動かすべからざる隠れたる事実を承認するとき、其時某君の歌は、自からにして生気ある人間の歌になるであらうと。

引き出したらきりがないので、このへんで。これらの文章は、いつ効いて来るかわからないけど、お薬のように飲み込んだ。

人間の声。
胸をどんどんとたたかれる
あるいは
雷にあったようにしびれる。
人間の声こそ。

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2007/03/07

田上洋治さん五行歌集『聴こえる』

田上さんのかわいらしい歌集が、できあがった。
Skikoeru
イラストは、知り合いの方に何種類か描いていただいて、気に入ったものを表紙にしたいとお持ちになっていた。
着色がない線描だけだったので、悩みつつ、デザインしてみた。
文字だけは、ポップ文字が合うな、と決めていた。作品から受けるイメージと、お好きな色をきいて色や紙を選んだ。見返しは、ちょっとパンチをきかせてめりはりをつけたかったので、「これしかない!」と推しました。
自然を愛する素朴な歌たちが奏でるこの歌集から、どんなメロディーが「聴こえる」か、手にとってくだされば幸いです。市井社から。

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2007/02/27

三好叙子さん五行歌集『母が降る』市井社刊

20070227haha
三好さんの歌集の見本がとうとう届いた。
わくわくどきどきしながらこの日を待っていた。

タイトルを聞いたとき、浮かんだイメージをスケッチにして提案したところ採用になって、初めての装丁の仕事をやらせていただいた。歌のイメージ、三好さんのイメージを大切にしたいと思い、カラーコーディネイトした。
中扉の窓は、三好さんからのリクエスト。
わたしのへたな落書きを、きれいにデータにしてくれた真造さん。
うれしくて感激でふるえております。

あるひとりの女性の生き方の軌跡を、抱きしめるようにじっくりと読みたい一冊。

予約いただいた皆様、数がそろってきて、発送の準備までもうしばらくかかります。
よろしくお願いいたします。

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2007/02/25

作品からプロファイルすることへのぐるぐるな思考

昨日歌会や二次会で出た話題の中で、歌と作者と評価の関係というのがあった。
話題としては、何度もとりあげられているけれど、稲田さんがおっしゃってた言葉があたまに残っている。

作品は作品で見ているから、その先の作者がどういう人であるかということまでは踏み込まない。
 作品からプロファイルはしない

作品は作品としてみてほしい、作品から妙に勘ぐって、やぼな質問をしないでほしい、とつねづね思ううたびとたちにとっては、いちばん理想的な読者の姿勢だろう。

自分はどうかなと考えてみた。その話をしているときと、その後でも。

◇読み手の立場として。
 
作品(五行歌)を読んで、この人はこういう考えを持ってるんだ、こういうものをよしとしているんだ、ということは感じるし、考える。つまりは、歌とぴったりくっついた作者の一部について、思いは馳せる。

特に、日常を素直に詠ってる親しい方には、「こういうことがあったの?」と思わず聞いてしまうことがある。
病気の歌があれば、会ったことがない人でも、「大丈夫かしら」と思ったりする。
会って話す以上の本音がそこに語られている、とどこか思っているからだ。

でも、それは作者の一部であって、全部ではない。
一生その考えかというとそうではなく、その歌をつくったときの思いなのだ。

この作者だから成り立つ、許せるみたいなこともあると思った。
それは前にも話題になったかもしれないが、「当事者かどうか」ということ、詠ってるそのものへの信憑性。
歌の力を裏打ち、太鼓判を押してくれるのがその作者の背景=プロファイルというところか。

だがそもそも作者の背景をしらないなら、その裏打ちは効かない。
作品そのものに力があったらなら、詠み人知らずの歌のように、人々の記憶に残るわけで。
つまりは初めてみる作者を、公平な目で見られる。純粋に作品力だけの勝負。かっこいい。


◇詠み手の立場として

もちろんベースは、作品は作品としてみてほしいのだけど、歌には、どこか「わたしを分かって」という訴えが無意識にしろ潜んでいる気がしてならない。 この出来事をこのように感じた自分、その思い、それを伝えたいという表現欲みたいなものが。
詠わずにいられない。
とにかく言語化したい。

作品の中に、自分はすでに入っているわけで、そこを感じてくれれば十分だ。

上に書いた「読み手」と「詠み手」のことを並べてみると、ぴったり重なることに気づく。
ああ、自分は読んで欲しいように、詠みたいのだな、と。
いや、読みたいものが、詠みたいんだ。

ぐるぐるの回り道は、もとへ戻る。
あたりまえのことを、無意識から意識するために、わたしのぐるぐるは続く。

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2007/02/15

上野御徒町で五行歌?

昨日仕事で外出した夫からの情報。
大江戸線の上野御徒町は、駅のホームから改札口の通路の壁が、よくギャラリーに使われている。
そこで、昨日五行歌作品を見たという。

以前、どどいつを墨で書いた作品や、似顔絵などみたことがあったので、「どどいつ、じゃなかった?」
と確かめると、「いや、一番はじに、『五行歌』って書いてあった」というのです。
どなたが書かれた物なのか不明ですが、もしお立ち寄りになれる方がいらしたら、見てみてください。
改札を入らなくても、見られる位置にあると思われます。

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2006/09/10

国際啄木学会 連続講演聴講メモ

せっかく午後からの 連続講演「歌人 石川啄木」(13時30分〜16時00分)も全部聞いたので、覚書メモなどちらっと紹介。各パート30分
学会ってどんな感じなのかとどきどきしていったが、そう堅苦しくなく、場所も大学の階段教室って感じなので気楽に聞けた。司会の望月(岩手大)教授が、意外に熱い司会ぶりで、豪華なゲストを呼べたことを喜び、今野さんのファンだと熱く語り、とてもきさくで、短歌への愛情を持った方だったので、いいなと思った。

1)高 淑玲氏(台湾景文技術学院副教授) 「台湾における啄木の伝承」
 台湾からいらした高博士は、全て流暢な日本語で講演された。
 啄木、日本政府、台湾の領地管理、領地の日本語教育とわかりやすい年表の資料が配られた。
 台湾の短歌会では、啄木や牧水を手本にしてることや、啄木が生きていれば人道的な愛を台湾に向けたのではないかという考察など語られた。
 単身アウェイに乗り込んで(?)、外国語で講演し、友好的な中にも、台湾の人たちの心理や立場をやんわりと訴えるその精神力を見せてくれた。

2)今野寿美 氏(歌人) 「啄木の責任」
 わたしの前のほうに座っているさらさらおかっぱの髪が美しい方はどなただろう、と眺めていたその方だった。
 『一握の砂』より、8首ひいたプリント。啄木の作品は、文語なのに親しみやすく読みやすい特徴があると述べ、表現の発想が口語、「口語発想の文語文体」であると位置づけた。
 啄木の作品例からそれらを解き明かしていき、啄木が文語の規制緩和の一躍を担ったようすがわかった。
 草壁先生が、啄木だったら五行歌をすぐ作っただろうとおっしゃってるが、それを裏付けるような内容だった。

3)木股知史 氏(甲南大学教授) 「<刹那>をとらえる啄木短歌」
 啄木短歌の独自性として、折口信夫の
 

彼は平凡として見逃され勝ちの心の微動を捉へて、抒情詩の上に一領域を拓いたのであった

 をひいて、心のある瞬間を捉え、何気ない日常に着地させることで新風を成立させたと述べた。
 その他キーワード:意識が記憶のフィルムに強烈な光をあてる→素材が提示される中、意識がはっきり表れている
 短歌滅亡論、へなぶり、緊張と緩和、時代批判・・・etc。

4)三枝昂之氏(歌人) 「暇ナ時」を読み直す
 啄木は、どうしても見つけられない心の置き場を掬い上げている。
 普遍的な主題がうまくいくには、オーソドックスの中にきらっと勝負どころを入れる。
 昭和41年秋に転機がある。環境の変化。
 むずかしい普遍的なテーマに説得力を与えた。

・・・以上聴講メモでした。

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国際啄木学会

9月9日(土)に国際啄木学会東京大会へ行った。
午後の連続講演から拝聴したが、大変おもしろいものだった。(後日追記予定)

そして夕方からは、われらが草壁主宰の講演、「意識人・啄木」。
その啄木に対する愛情と、知識の広さ、奥深さ、多面的な捉え方が、まさに紹介にあったとおり、「世界一」かもと思った。 (※連続講演は30分という短時間の枠内の中での組み立てなので、啄木の短歌作品中心に、比較的狭い細かいところのお話だった。)

先生は、書簡、日記、新聞記事、小説、ありとあらゆるものを残した啄木の軌跡を全部知っていて、その価値を見抜いて、しかもそれをずばりと人に伝えることができるからだ。それもユーモアを交えてだ。
草壁先生のことを、大変誇りに思った一日だった。

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2006/09/03

『五行歌秀歌集1』 前半

ようやくあらためて、秀歌集を読者として読み始めた。

なんかねー。笑ったり泣いたり忙しい。
いいウタいっぱい。
大好きなウタいっぱい。

すとんとわかって、すぐに涙が出たり、笑いがでたり、こんな歌集ないよ!
分厚いのでまだ半分。
ちょっと休憩してまた読みます。

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2006/08/27

カブトムシのにおい

マンションの廊下に
ひっくり返って
「でっかいゴキブリ!」
と叫ばれてたのは
メスのカブトムシでした


夏も
終わりに近づいている
虫の音も
だんだん
変わっていく


梨を切って
あげた
ジュージューと
一日中
張り付いている


お腹をこわすよ

大好きな梨も
取り上げられる


がさごそと
午前三時
かごを見れば
ひっくり返ってじたばた
そっと戻してやる


今日の気温は
9月上旬でした
と天気予報
かごのカブトムシも
動かなくなった


木曜の朝
こんにちは
日曜日の夜
さよなら
三泊四日の旅館はいかがでしたか


カブトムシの骸
手に取れば
カブトムシのにおいがする
カブトムシにしかない
においがする

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2006/06/30

五行歌全国大会in旭川

明日から行ってきます。
北海道は3回目ですが、旭川ははじめてかな。
旭川ラーメンを食べるど! (違)

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2006/05/25

「フェロモン」という言葉が舞い降りた

たまにはウタの話。
先日のAQ歌会へ出したウタ。


    フ 庭 濃 緑 雨    
    ェ 木 い の あ    
    ロ の   匂 が    
    モ 放   い り    
    ン つ   が は    
    に            
    酔            
    う            

歌会に出す前から、読んでくれる人の反応は2つに分かれるだろうな、と思っていた。
「(庭木の放つ)フェロモン」を認めてくれるか、否か。

フェロモン 1 [pheromone] 動物の体内で生産され体外へ分泌放出して同種個体間に特有な行動や生理作用を引き起こす有機化合物。多くはにおい刺激として受容される。仲間に危険を知らせる警報フェロモン、異性を呼びよせる性フェロモンなどがある。昆虫や哺乳類でよく知られている。 (大辞林より)
ふつうは、植物には使わない。また、フェロモン=性フェロモンというイメージの強さから、嫌われそうだと思ったのだ。 でもでも。雨あがりのいわゆる「むせるような匂い」は、とても性的な感じがする。 Tちゃんも、「色っぽい」と言ってくれたが、ほんとにそうだ。 これは、緑に誘惑されている、とおもった。 この感じ、この感じは・・・・とあれこれことばを捜しているうちに、 「フェロモン!」ということばが舞い降りた。

歌会での評は、だいたい予想通りだったけど、わたしと同じように、「フェロモン派?」がいらしたことがうれしかった。
このウタで詠いたかった感覚は、のびやかでまっとうで、この季節ならではの生命力にあふれたものだったのだ。

強烈なイメージをうまく利用できるか、あるいは、今回したかったように「ことばの再定義」を読み手に受け入れてもらえるだけの力を持ちえるのか。
今回は、もちろん十分でなかったろう。
でもイメージの強烈な言葉を、歌に使うときの覚悟はできていたから、それが確かめられてよかった。
うたともは、ありがたい。

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2006/04/14

桜の若葉を見ながら

今日会社帰りに外堀通りをとおったら、桜が若葉に変わっていた。
それを見ていたら、すみれさんの「お姫様から若侍」に変身する五行歌がふと浮かんでうれしくなった。
「そうだそうだ、これだわ」と。

歌が読んだときに記憶のどこかに沈んでいって、時間がたってからある感覚で呼び起こされることがある。
そういうふうに思い出せるウタって、やっぱりいい歌だなーと思う。
作られて、発表されて、読まれて、おわりじゃなくて。
何度でもめぐりあって、思い出されて、じーんと響かせるような=憧れのウタってことかな。

なんでわたしは、いまうれしくなったんだろう。

感嘆+憧れ+ちょっぴりうらやましい気持ち+希望=にっこり。
桜の若葉をながめながら、あれこれと思いながらお家へ帰った。

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2006/01/05

今年最初の歌会

今日は仕事初めだったが、歌会始めでもあった。
kinomo0105
ずっと着たかった、母の羽織を着る。
よくみると、あちこちしみが浮いてきてしまって、立派なところへは着ていけないが、事務所へ着ていくくらいなら許してもらおう。
この大胆なデザインを見よ!
着付けは見よう見まね。羽織なので、半幅帯を貝ノ口に結び、帯締めをしめた。
髪は、夜会巻きができるというコームを買ったので、それで自己流にアップ。
(じつは、これは予行演習をかねているのだ)

歌は今年作ったウタを出しなさいとのことで、昨日作り立てのものを。
kemono5gyoka


歌会は少人数でじっくりできた。どの歌もよかった。
編集のSくんの初めての五行歌もよかった。
その後、新年合同歌会の準備に追われた。いろいろ最後まで変更がくるのでぐるじい。
明日は仕上げなのだー。


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2006/01/04

井椎しづくにひたひたと戻ってゆく

今日、帰省先から戻りました。
あしたからお仕事始まります。
夫の実家へ行っていたのですが、あちらへいくとボーッとしてます。

ご飯を用意したり、片付けたり。
買い物へ行ったり、ダーツをしたり、スケートをしたり。
遊んで、食べて、寝る。

家族がいっしょのこたつにあたって、みんなでTVを見たりしてる。

なにかをじっくり考えるすきまがない。

部屋の中でも、暖房がしてないところはすごく寒い。
息が白くなる。
ふとんにぬくぬく入り込むと、なんの疑問もなく寝る。

なにかを忘れているような数日間。

東京の喧騒へ戻ってゆき、我が家へ入るとまたほっとする。
少しずつ、わたしがもどってくる。
井椎しづくがもどってくる。

明日からは、また歌の世界だ。

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2005/12/06

矛盾にまみれて生きるのだ

このところ連続して起きた、小さな子を殺した犯人が憎い。
自分の利益のために、多くの人を路頭に迷わせた建築士が憎い。

憎いという感情ほど、自分をむしばむものはない。

憎むことが自分を鬼にさせ、人にも襲い掛かる。
被害者が加害者に。加害者が被害者に。第三者が加害者に。

いっときメラメラと燃えたら、ふーとため息をつく。
日常の雑多なことへとまぎれていく。
憎しみを持ち続けながら生きられない。

  自分や人を
  憎めば
  魂がにごるでしょう
  許してあげて
  いつか 忘れて
                (むさしの出詠歌)

偉人は言った。

罪を憎んで人を憎まず

それでも。

自分の子どもがあんなふうに殺されたら、犯人をぜったい探し出して殺してやりたいと思うだろう。
それがかなわぬとも、化けて出て、一生呪ってやる。

  死ぬときは
  愛のためと決めている
  その日まで
  この胸の野獣一匹
  生かしておく         


どちらもわたしだ。
憎しみは自分を滅ぼすと思うから、憎しみを爆発させるときが死ぬときだ。
できれば憎しみでなく、愛情を爆発させて死にたいものだ。
嗚呼。

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2005/11/03

全生園祭り&全生五行歌会

今日は、東村山の多摩全生園へ行ってきました。
毎年11月3日は、全生園祭りが行われ、出店や踊りやくじ引きバザーと、大変なにぎわいでした。
RIMG0330RIMG0332
コミュニティセンターでは、作品展示として、手芸、陶芸、盆栽、写真などのなかに、「五行歌の色紙展」がありました。今回、わたしも色紙を出させていただきました。とてもきれいに飾り付けていただき、うれしかったです。

karasuuri2RIMG0348
こちらにからすうりの実が飾られていて、最後片付けの際に、いただいてきました。
種がおもしろい形をしている、と聞き、家に帰ってから中をのぞいてみました。
お財布に入れておくと、お金が貯まるとか? どうでしょう? 打出の小槌のようにも見えます。

 * * *

歌会は、25名が参加され、草壁先生や三好さんも出席された。人数の多さといろんな場所から集まっていらしゃることに驚く。まるで、ミニ関東合同のような歌会だ。
全生五行歌会は二度目の参加になるが、毎回心の底に手をつくような作品がいくつもあって、じんわりさせられる。生と死をみつめるまじめな視点がある歌会である。
ウタだけでは読み取れなかった背景が語られるとき、思わず泣きそうになる。その奥にある心に打たれる。
全生園という特別な場の持つオーラのの中で、そういった語りも味わい深い場所だぁと思った。

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2005/10/31

消しゴムはんこ

11月3日に全生園でお祭り&歌会がある。
お祭りのときに、五行歌の色紙の展示があり、「出してね」と勧められた。
6月に全生歌会に出したウタを筆ペンで色紙に書いてみた。
んー。なんかさびしいな。

デザインカッター登場。

娘におねだりして、四角いスティック状の消しゴムを1.5cmもらう。ちょうどサイコロのように1.5cmの立方体に切り出せた。
まずは一文字。
「し」
2

あまりにあっけなくできてしまったので、別の面に「しづく」も彫ってみる。
濁点がむずかしい。一回失敗。別の面に再チャレンジ。
で、こんなのできました。
けっきょく、「し」の方をぽちっと押して完成。
今晩中に、ウタも出さなくちゃ。
出店好きなわたしは、わくわくしている。

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2005/10/28

全国大会の自作コメント

いなだっちさんが、私のウタをブログで取り上げてくださったので、調子に乗ってヤボと知りつつも、自作コメントを書かせていただきます。m(_"_)m
まだ作者がわからない段階で、「大好きでした」と書いてくれたので、すごくうれしかったです。


  た 私 星 星 満  
  く の 座 を 天  
  さ 形 が た の  
  ん も 浮 ど    
  の   ぶ っ    
  ム   よ て    
  ダ   う      
  な   に      
  点          
  か          
  ら          

 このウタは、何年にもまたがった複数の経験を元に書かれています。
本物の満点の星、いくつか見た中で印象的だったのは、沖縄宮古島でした。
とにかく空一面、星がびっしりとまたたいていて、どれが星座かもうわからないくらい、気絶しそうなほどの星空でした。(これが約2~3年前)

それとわりとよくプラネタリウムに行くのですが、天井のドームに満点の星空が投影されて、そこに白くラインを引いていろんな星座を教えてくれます。
それを見てたり、後から思い出しているときに、「星座が描けるのは星がいっぱいあるからだ」と思いました。

今は一見無駄としか思えないようなことが、意外にあとで役に立ったことがあります。
何年かたってわかることもあるし、すぐそうなることもあります。
そんなふうにムダな点でもいっぱいあれば、満天の星空のように、星座が描ける。
そこから新しい自分の形が作れるのではないか。新たな大事な一辺(いっぺん)になるのではないか、と考えました。
というわけで、「無駄」という言葉は、私の中でそんなに強い否定の意味を持っていなかったのです。
それでも漢字で「無駄」と書くと、マイナスの印象が強くなるので、カタカナの「ムダ」と表記することで軽さを出したつもりです。
「ムダ」は必ずしも無駄で終わらない、という確信があったので、ウタにしました。

何人かの方から「気になる」と言われ、やっぱりみんなの中では「無駄は最後まで無駄」という認識が一般的なんだなと思いました。

同じグループの草壁先生が、「大事なことを言ってる」「自分も昔、なんでこんな仕事を俺にやらせるんだ、ということがいっぱいあった。でもそれが後に役立ってる」とおっしゃってくださって、「そうそう!」と心の中で相槌を打っていました。
ムダに見えることが、後から役立った経験を持っている人だったら、きっと思ってること。

「人生ムダなことはひとつもない。」

わたしがこのウタで言いたかったテーマは、これだったと思います。
読んでくださってありがとうございました。

井椎しづく拝

PS: いなだっちさんへ
   ムダを強引にムダでなくしてみせる! という「力こぶ」は入ってないかな。
  自然とそうなった、って感じ。あてにしてなかったのに、案外いいものに化けたという感覚でしょうか。
  今、ムダと思ってることでもそう落胆しなくてもよいのですよ、というメッセージもこめてます。

  いずれにせよ、ここまで解説しないとわかってもらえないウタなんだなーとまたつくづく思い知らされ・・・。
  これもきっとなんかの布石に。(笑)
  そうそう。布石、ということばを使おうかと思ったのですが、自分は囲碁をきちんと知らないので、安易には使えないと思いました。

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2005/10/24

福井観光-おみやげ写真

あちこちのサイトで、全国大会の報告が届いていますね。
わたしはまだ、一日目のことを書く体力がないので、二日目の観光スナップの紹介。

東尋坊。
toujinbo
断崖絶壁の自殺の名所で知られる東尋坊は、雨だった。
隆起した岩が縦に立ち上がったような形になっている。
この日は波が高く、観光遊覧船は、中止。
でも、その分、大波がザバーンと打ち寄せて、「おー!」とみんなで叫ぶ。
潮あびをして、叫びながら、なにか禊をうけたような心地がした。
ひろびろとして、気持ちよかった。

ランチ。
lunch
ちょっと量は少なめだけど、上品でそれぞれおいしかった。
おろしそばが名物で、どこへ行っても出されるが、どれもおいしい。
ピンクのちいさな器は、生たこの辛子和え。絶品。
お吸い物は、岩のりがふんだんに入っていた。

遊覧船が中止になった代わりに、最初の予定にはなかった、名勝庭園・国宝重要文化財がある(はずの)瀧谷寺(だきだん・じ)へ行く。瀧谷寺は、庭がうつくしかったのだが、雨がすごくて一枚も撮らず。
その後永平寺へ行ったが、とにかく時間が45分しかない。上にたどり着くのに15分くらいかかる。
とにかく永平寺はあわただしく廊下を駆け回っていただけの印象。(モッタイナイ・・・)
疲れた。こんな写真しか撮れず。
eiheiji

バスガイドさんがフレッシュ(10代?)で、ちびまる子ちゃんみたいなコエが可愛いかった。
前の方の席に、草壁先生をはじめ、百楽天さん、小原さん、西部さんといずれも先生、知識人ぞろい。
ガイドさんよりくわしく話してるらしく、(わたしは後ろの席だった)、途中消え入りそうな声で、「・・・・あとは先生に聞いてください。」とのシーンも。
オヤジのセクハラトークも受け流しつつ、けなげなお仕事ぶりでした。
みんながんばってるぜ。

--
PS:ふくいのみなさまへ

観光バスに乗り込んだとたん、倒れるように寝込んでしまった大活躍の高原さん、やさしい笑顔で包み込んでくださった小原さま、ふくい歌会代表としてリードしてくださった安川さま、多くのスタッフとして協力してくださったふくい歌会のみなさま、ほんとうにお世話になりました。
いただいた素晴らしい作品集をゆっくり読みながら、にやにやと思い出に浸りたいと思います。
少人数で、あそこまで立派な全国大会を開催されたこと、ほんとうにありがとうございました。

井椎しづく拝

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五行歌の会のサイト復旧

複数の原因が重なり、5gyohka.comが表示されない状態が10/21-24 11:20頃まで起きていましたが、現在復旧いたしました。
ご訪問の皆様には大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした。
今後ともよろしくお願いいたします。

ドメイン復活にともない、*****@5gyohka.comのメール受信も再開されております。
メール自粛へご協力いただいた皆様、まことにありがとうございました。

------------------------

細かい原因は、本部サイトでは割愛させていただいた。
でもわたしには説明責任があるように思うので、記しておきます。

◇原因1

 ドメイン代行サービス会社のメンテナンス
以下、障害情報からの引用

2005/10/21 2005/10/21 上位レジストラの緊急メンテナンスに関しまして  
現在、弊社上位レジストラである、米eNom社におきまして、緊急メンテナンスが行われております。 メンテナンス中は、ドメインの取得及び操作時にエラーが発生することが予想されます。エラーが発生した際は、しばらく時間を置いてから再度操作をお試しくださいます様、よろしくお願いいたします。

また、「ドメインの取得検索」に関しましても、正しい結果が表示されない場合がございます。検索も時間を置いて行っていただきますようお願いいたします。

◇原因2 
 ドメイン取得サービスに登録していたメールアドレスが、現在使用してないものだった。
 ドメイン取得の後、解約していたメールアドレスを登録していたのを、すっかり忘れていた。

◇原因3
 2のため、ドメイン契約切れのお知らせを一切受け取っていなかった。

◇原因4
 ドメイン契約期間は、当然レンタルサーバーと同期間だと思い込んでいた。
 レンタルサーバーは、10/26だったので、全国大会後でも大丈夫だと思っていた。

これらが交じり合って、10/21の契約切れ扱いで、ドメインマッピングが切られてしまったのでした。
ドメインは、20日以内なら、再申請でき、すぐ申し込みなおし入金したため、復活しました。
時期が時期だけに、なにかの妨害行為かと危ぶんだのですが、サブドメインでのアクセスができたし、サーバーファイルの改ざんも認められなかったため、とりあえず宿題を抱えたまま、福井に旅立ったのでした。

みなさんには、大変ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
知らせを聞いて、サブドメインを探し当てるまで、自宅PC前に4時間はりつきました。
翌朝5時半には起きて、家を出ました。
どうか、その努力に免じて、ご容赦のほど。
 

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2005/10/21

五行歌の会サイトの不具合の件

現在、5gyohka.comにアクセスすると、別のページに飛ばされる現象が起きております。
原因調査中です。
レンタルサーバー側へ問い合わせておりますので、しばらくお待ちください。

5gyohka.comはだめなのですが、「五行歌の会公式ホームページ」へは、サブドメインでアクセスできます。
サブドメインは
http://dp43031982.lolipop.jp/
です。

また、ドメインの使用不可にともない、post@5gyohka.com も使用できない状態になります。
****@5gyohka.comは、全部同様です。
申し訳ありませんが、この週末はメールをお控えいただくようお願いいたします。
事務局もほぼ全員、福井の全国大会へ出張になります。
ほかの対応は、申し訳ありませんが、週明けにさせてください。
よろしくお願いします。深謝。

五行歌の会事務局 井椎しづく拝

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2005/10/19

AQ五行歌会サイト独立オープン♪

以前から、純ちゃんのサイト「ほんとう」よりもほんとう、にAQ歌会コーナーは存在していた。
このところ私が事務局として参加するようになったため、純ちゃんがわたしもサイトつくりに参加できる形に配慮してくれたのだ。
AQ五行歌会のサイト

まだ「制作中」。もしかしたらずっと「制作中」のような気も・・。(笑)

ここに、「AQ日記」というコンテンツがある。
いろいろ方向性を探る中で、ここを代表の純ちゃんと、事務局のわたしの往復書簡みたいな形で日記を書いたらどう? と誘われた。楽しそうなので参加することにした。

人間誰しも、多くの顔を持つと思う。
わたし一人のプライベートの顔だけでも、妻で母で女で人間だ。
仕事も五行歌の会事務局バイトとかAQ事務局とかパソボラとかほかにもあれこれ。

わたしはサイトごとに自分の顔を分けているようなイメージを持っている。
この場所は、井椎しづくのプライベートエリア。
五行歌の会のサイトは、事務局の黒子。(見えてるときもあるけど)
AQのサイトは、AQの事務局 (というかお世話係りというか、幹事というか、どだばたプリント係りというか)

「AQ日記」では、
AQってどんなとこだろう?
AQへ前から一度行ってみたいと思ってる
AQへは以前何回か出席したことがある
AQへはなるべく出席したい
AQ命!

って思われてる方たちへのメッセージとして書いていけたらいいな、と思ってる。
純ちゃんはどう思ってるのかな。同じかな?
こんど聞いてみよう。
というわけで、あちらでもよろしくです。m(_"_)m

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2005/10/03

豆本作り

芸術の秋。
何か作りたくなる秋です。

このところ、しこしこ取り組んでいた豆本作り。
ついに完成!
ジャジャーン!

mamehon1

A6の半分のA7サイズ。
折本仕立てという製本のやり方で、二つ折りにした紙を継いで糊付けし、表紙を作ってつけます。
ジャバラのように開く、お経みたいな本です。

厚紙は、こどものノートの表紙。
赤い表紙用紙は、和菓子の包装紙。
中身はコピー用紙。
リサイクル豆本。

まずは試作なので、化粧断ちもせず13P、12首の五行歌。
東京をテーマにした連作をまとめてみました。
よくみるとへっぽこですが、楽しい。うれしい。
初めての、世界にひとつだけの歌集の完成♪

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2005/09/28

天高く 飛蚊症の黒点よ 飛べ

秋ですねぇ。
飛蚊症、まだ直らず。
青空を見上げると、いっぱい飛び回ります。<いいのか?
そこで一句つくってみた。

◇天高く 飛蚊症の 黒点の飛ぶ

      いや、不自然か? 技巧的か?

◇天高く 飛蚊症の黒点よ 飛べ

      うん、呼吸が五行歌っぽくていいな。

太極拳の帰り道。
道をふらふら歩きながら、考え事をしていたら、するするウタが何度も降りてきた。
そのたび、メモ帳に書き留めて。

即詠とかってぜんぜんできない。
題詠も苦手。
こういうとき、即詠してもらうと、すいすいなのに、そうはいかない。
不便だ。

でも不便なのもすきだ。


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2005/09/26

ここから、いまから。

昨日のことをずーと頭の中でころがしている。
いくつか思いついたことのメモ。

・選者というのは、広い間口を持っていることが多くのうたびとを救う。
 (間口というと誤解があるかもしれない。知識とか将来を見据える目とか心の広さみたいなもの)

・ときどき、「千年先でも残る歌が詠みたい」、という方がいらっしゃるが、わたしはそう思わない。
 千年残ったかは、結果だ。
 最初から千年残ろうと思ったわけじゃないんじゃないかな。

・わたしたちの先輩は、どういう時代を生きて、どういう歌を詠んできたか。
 わたしたちは、どういう時代を生きて、何を詠うか。

・時代をよめ!

・自分を救え!

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2005/09/25

短歌ライブ「戦後と短歌」

娘の運動会と重なって、午後から遅刻して見に行こうかと迷いつつ予約していた辰巳泰子さんの短歌イベント「戦後と短歌」
娘の運動会は、台風で延期になった。
これは、神様が「行け」と言ってる?

新宿百人町のネイキッドロフトは、とてもこじんまりした感じのよいライブハウスだった。
ステージの台は、たたみ3畳くらいしかない。
こじんまりといえども、さすがに照明や音響設備はちゃんとしてる。

見てきたもの、聞いてきたものをそっくりうつす気はない。
あそこへ時間とお金とエネルギーをかけて行った人だけが共有できるのが、ライブだと思うから。
ライブだから話してくれることがあったから。
わたしの感想だけ書いておきたい。
(※ほぼ帰宅したての、脊髄反射文章から、9/26少し修正しました。)


◇第一部 「戦後と短歌」篠 弘 × 岩田 正

 篠氏は、短歌を読む人なら誰でもご存知だと思う。岩田氏は、馬場あき子氏のパートナーと聞く。
 岩田さん(と呼びたい)。ふんわりと座ってるお姿を拝見しただけで、この人を好きになった。
 お話が始まったら、もっと好きになった。
 塚本邦雄の作品を手書きのプリントにして配布、解説してくださった。
 キーワードは、危機感
 21世紀は、もはや孤独は常識。そこから立ち上がるものの輪郭がぼんやりと遠くにゆれた。


◇第二部「これからの短歌」 奥村晃作 × 枡野浩一

 奥村さんは、「ただごと短歌」の提唱者。一方、枡野さんは、「あらすじ短歌」はだめだといい続けてきた。
 よくこの組み合わせが成り立ったなーと思ったが、奥村氏はものすごくこだわりのないおもしろい方だった。
 奥村さんの語りは、熱っぽくて生き生きしていて、この人が書いたからあの「ただごと歌」なんだ、と合点がいった。
 ほかのキャラクターじゃだめかもしれない。

 枡野氏は、ウェブ上で展開される投稿形式のやり方で悩んでいるようだった。
 わたしが口出しすることではないけど、率直な感想を言わせてもらえば、
 「枡野さん、こんな短歌好きでしょ?」って投稿される短歌は、だめだと思う。
 これは、「枡野さん」のところに別の選者を当てはめてみても、同じこと。


◇第三部 『セイレーン』 朗読 辰巳泰子
 
 舞台のわきから、朗々と歌声が響いた。
 ♪し~んだ~おとこが~の~こしたものは~
 後から谷川俊太郎の詩だったと聞く。
 これから始まるテーマを象徴しているようで、まだ朗読が始まる前から、いつしか涙がつぅーつぅーこぼれてしまうのをどうしようもできなかった。

 朗読の間も、何回も泣いた。外でお神輿がピーピー通ろうとも集中できた。
 辰巳さんは、息子さんに「あなたは男だから」と言われたようだけど、わたしはそうは思わない。
 あなたの歌の中に潜む、母性的な愛情が、わたしを泣かせたのですから。


◇おまけ
 佐々木あららさんの姿を見つけ、一部、二部で拍手している姿を見ていたら、あのジョジョ読みの無謀さは、なにかの決心だったのかと勝手に想像してみました。はずしてたらごめんなさい。

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2005/09/21

修行中

あと数日で歌会です。
歌会事務でちょっと忙しくなります。

歌会前は、雑念を払って心を研ぎ澄ませたいのです。

山に籠ります。
滝に打たれます。<ウソ

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2005/09/02

うつくしきマーブル模様のために

(本記事は、純ちゃんのブログで、「これからのAQ」という記事へのトラックバック用に書きました。)

いままで6~8人くらいのAQ歌会が、ここ3ヶ月で急に倍になった。
わたしは小さな歌会が好きなので、とまどいと不安を感じていた。
この不安感っていったい何なのか、じっくり向き合って分析したいと思ったのだ。

AQがすきなのは、やっぱり代表の水源純さんをはじめ、メンバーがいいから。
一人一人が個性的で、確信があって、いい歌をだしてくれる。
一首一首ていねいに読んで、いいところも悪いところもすなおに話し合える。
ときには矢のように鋭い洞察もあり、妄想の翼が広がったりする。
それらは参加してくれる人の持ち味で、それらがマーブル状にまじりあい(前述記事参照)、とけあい、分かち合われるのがうつくしいのだ。

人数が増えて不安になるのは、いまの雰囲気が変わらないかっていう心配が大きい。
ひとつは単純に、人数が少ないほうが、じっくりたっぷり話せる。
人数が増えると一人当たりの発言に制限ができてしまうし、なぜ点を入れられなかったか、についてほとんど触れられない。
 自分がそういう司会しておきながら言えた義理ではないが、まだ続きそうなコメントを切り上げてしまったり、脱線できないのはなんだか貧しいし申し訳ない。

ほかには。
このところ毎回新しいメンバーが複数人数増え続けた。
この未知の人を受け入れる不安。
歌を歌会に出すということは、ある意味自分の裸を見せるようなものだ。心の奥の袋をひっくり返してみせているのだ。よく知らない人に対してそういうことをしあうのは、やはりある種のストレスになる。

初めて歌会へ参加される人がこわいのは当然だが、受け入れる側もこわい。
でも歌を通してその人が見えてくると、やっとそこに細い一筋の信頼の糸が張られる。

これはたぶんにわたし個人の偏屈な性格にも起因する。
もっとオープンでウェルカム気質な方だったら、これらのことは「何をおっしゃるうさぎさん」だろう。事務局としても、「どうよ?」(すみません)

あれこれ考えているときに、以前東大阪五行歌会代表の稲田準子さんが書かれていたこの言葉を思い出した。

褒める・褒められるの関係でもなく。 歌会の事務の中にある役割に、 自分の居場所をつくるのでもなく。

自分の歌で、歌会の居場所を開拓してほしい。
(1位の歌を作れ、という意味ではないですよ)
まずそこを、自分の力で開拓してほしい。

そうだよな。自分の歌を誠実に詠い、ほかの仲間の歌も誠実に読む。
そこをわたしの居場所にすればいいのだ。
これらの言葉を、お守りのように握り締め、繰り返し心でつぶやいてみる。

歌会は、どんなベテランさんでも同じ条件で歌を読みあう。
そこには力関係はない。
馴れ合うこともない。
頼れるものは自分の歌と、自分の読みしかなくて、しずしずと覚悟を持って歌を差し出すしかない。
そんなふうに五行歌に真剣に向き合う人に選ばれる、AQでありたい。
いや、五行歌にっていうより、もはやその人それぞれの生き方の真摯さかもしれない。
わたしたちは、ウタを通して生き方を学んでいるのかもしれない。

自分の芯をきちんと立てることができれば、これからもAQはうつくしいマーブル模様を描き続けるだろう。

だいじょうぶ、マイ・フレンド。

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2005/08/31

創作に関するノート(その2)

歌を詠んだり、ほかの方の作品を深く読み取れるようになるには、どうしたらいいのか、いったい何が必要なのか、という疑問は誰しも、考えることだろう。
「量をこなす」
先生のおっしゃる「古典を学べ」も含めて、ひとつはこれではないか。
あれこれ考えているが、まだ結論はでない。

「コレだ!」と歌ができるときって、奇跡じゃないかと思うことがある。
いろんな偶然からこの歌は成り立ってると。
ちょっとした言葉の組み合わせに過ぎない、五行の歌が、予想もつかない展開や響きを生み出すことを。

では、その歌は、どうやって生み出したのだろうか?
話をわかりやすくするため、例をあげてみる。

---------------------

  鳴 亀 ふ と い  
  く   り き つ  
      し お も  
      ぼ り は  
      る   だ  
し     よ   ま  
づ     う   っ  
く     に   て  
             
             

---------------------

1)わたしは亀を飼っている
2)世話をしている間に、亀が鳴くことに気がついた

この2つの事実からある日抽象が導き出されて、ぴたっと重なった気がしたとき、この歌が舞い降りた。
できた後、ほとんど推敲も必要としなかった。
次にもこんな歌ができるか、と問われたら、「わからない」

この感覚は、突然舞い降りるから、予想ができず、いつも小さいノートを持ち歩くはめになる。
技術を使ったとしたら、仕上げの段階だ。
技術に関しては、本や実作から多くを学べるだろう。
でも舞い降りる「芯」の部分を生む技術は、わたしにはない。

  ◇ ◇ ◇

そもそもわたしは、ひとつのことを理解するのに、数日、あるいは何年もかかる。
(家人いわく、ふだんのわたしはよく「のんきだねー」と言われる。)

それは山の上のほうで降った雨が、山の内部の地層を何層もくぐりぬけて、やっとどこからか湧き水となってでてくるのに似てる。
そうだとしたら、わたしにできることは、「雨」を求めること。
よりよい湧き水のために、豊かな土壌をつくり、層を重ねることかと思う。

ここでいう「雨」は、知的好奇心。
本、音楽、アート、映画、人との会話、TV、インターネット、etc・・・
「地層」は、まいにちの暮らし。
よく学び、よく考え、働き、遊び、ご飯をつくって食べること。
そういうすべてが、ウタの土台へつながってるように思える。
そう考えたら、ちっとも奇跡なんかじゃないんだ。

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2005/08/30

創作に関するノート

インターネット上だけで、五行歌を発表してる人ってけっこう多いんだろうなと思う。
わたしも五行歌の会に入会する前の3年くらいは、その中の一人だった。
ネットにただウタをおいておいても、見てくれる人はそうそう多くないし、ましてやコメントをいただくことなんてめったにない。

創作活動とか表現は誰のためにするの?

自分の趣味? 好きだから? 日記? 自己満足?

表現って、人に見てもらうもの。
一人じゃ表現って成り立たない気がしてる。
メッセージは人に伝えるためのもの。
そこんとこは、きっちりしたい。

読んでくれる人がいて、作品のループは完成される。
自分のためだけなら、ネットに出す必要なんてない。
ネットで発信すると、想定しない人にも届いちゃうこともあるかもしれない。
でもあれこれ気を使って、表現を直しすぎると、魂が死んじゃう。

魂は燃やしてあげたい。
思いは成仏させたい。
それが誰かに届いたら本望だけど、あまり期待しすぎないほうがいいみたい。
(注:自分のできる最大限の伝える努力をしたとしても、です。)

ときどき「奇跡みたいだ!」と思うことがある。
ウタの成り立ちについてだ。
それに関してはまた今度。

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2005/08/22

トークイベント考

先日も日記に書いたが、8・20は、岡本太郎記念館へ行った後、、青山ブックセンターのトークイベントへ出かけた。

辰巳泰子さんの第五歌集『セイレーン』の出版イベントで、枡野浩一さんとお二人で題詠「愛」の投稿された短歌を選したり、お二人の体験談とかゆるい感じで話があった。

わたしがこういうイベントに行くのは、まずひとつは単純に興味があるから。
今回は、辰巳泰子さんのことを知りたかった。
彼女のブログや日記をみていて、彼女の価値観をそれなりに把握していたが、本物の生身の彼女の発言を実体験したかった。
いくつかの埋まっていないジグゾーパズルのピースがはまったように思う。
それが全部ではない。
そんなにいっぺんに埋まるものではない。(そんなのつまらない)

もうひとつは、五行歌でも似たようなことができないだろうかと考えているからだ。
五行歌を詠まれる方の中に立派な歌集を上梓されているかたがぐんぐん増えている。
辰巳さんは、朗読ライブをされているようだが、同じようなことができないのだろうか?
今回、辰巳さんの選のいくつかの歌を朗読されていたが、それぞれの歌の個性を汲み取ってとてもエモーショナルに表現されていた。泣きそうになった。

五行歌とか短歌とか分けたがったり、人のひっぱりあいなんてしてる場合ではない。
けっきょくわたしたちは、胸を打つ、生きるうえで宝物になるような歌が詠みたいし読みたいだけなのだ。
五行歌にはそれだけの価値があるから(笑)、もっといろんな展開ができるはずだ。

◇ ◇ ◇

辰巳さんや枡野さんのゆるい会話の中で、ときどきはっとするような発言があった。
ほんとは辰巳さんのライブに行きたいのだけど、25日はこどもの運動会がある。いけないだろうな・・・。
辰巳さんの『セイレーン』を買って、サインをしてもらった。握手もしてもらった。

あいしてる なんの誉れもない場所で あなたに言へる 生き方を する
                                          (辰巳泰子)
                         『セイレーン』 愛-なんの誉れもない より
わたしはこの歌が一番好き。 「なんの誉れもない場所」は、主婦として生きたことのあるものにとって胸を打つ言葉だ。 わたしは1年育児休業をしたとき、社会から取り残されたような寂しさをぬぐえなかった。 何者でもない自分を感じていた。 誰もほめてもらえない主婦や母としての裏方のしごと。 でもそこでこそ、愛を持ち続けることがすばらしいのだと気づいたのは、ずっと後のことだ。 それを歌にしてもらえてうれしかった。わたしの中のひとつの思いが成仏したと思った。

それにね、この区切り。五行歌になってるんです。おそらく偶然でしょうけど。
辰巳さんは、朗読されるから自分の歌の呼吸がわかっていて、それで自然に区切ったのだと思います。

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2005/08/19

ロック魂

自分、たぶんおばかです。
どうしようもなく駆り立てられるものがあるとです。
自分を止められないとです。

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 ◇ ◇ ◇

PC、もどってきました。
ウィンドウズアップデートに3時間もかかったとです。
夕方5時からやりだして、今11時半です。
まだやりたいことがいっぱいあるのですが、これをやったらきっと満足して寝れるだろう。
明日は、6時起きです。
でもイベントいくとです。
楽しみ♪

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2005/08/12

もういちど愛について

青山ブックセンターである辰巳泰子×枡野浩一トークショウ「もういちど愛について」に申し込んでしまった。
辰巳さんのブログがあまりにおもしろくて(funnyじゃなくてinteresting)生トークをぜひ拝聴したいと思い立ちまして。
るるる~。
それまでにPCが退院してるといいなぁ。

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2005/08/02

それがすべてだ。

短歌ヴァーサスのサイトの、斉藤斎藤さんが8月1日に書いたコラムがすてきだった。

歌が生まれるとき、ごくまれに「ああ、私はほんものだ。私にはその価値がある」と、とうめいにみなぎる瞬間がたしかにある。それがすべてだ。

「私にはその価値がある」というのは、斉藤斎藤さんの短歌にも使われている、名ゼリフ。(Loreal Parisのキャッチ・コピー)
とうめいにみなぎる瞬間をつかまえるのだ。
そうするのだ。

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2005/07/31

二つの展示会

昨日、今日で二つの展示会を見に行った。

昨日は、都筑区民ホールの青葉五行歌作品展。
横浜市都筑区役所内の1Fロビーのようなところに、パネル50面に約100点の作品を展示したもの。
吹き抜けのロビーは天井が高くて、明るく、入った人は必ず通るところなので場所がとてもよかった。
作品もそれぞれが個性を生かして、毛筆だったり、絵手紙風だったり、楽しかった。

光川十洋さんの美しい風景写真も華を添えて、ほのぼのとした展示だった。
講演会は、時間がちゅうとはんぱだったので、ちょっと休憩時間に仲間の顔をみて帰ってきた。
これは明日8/1(月)まで。

今日行ったのは、吉祥寺にじ画廊で行われた、金紙&銀紙の「ゴールド&シルバー」」アート展覧会。
入場無料。ほんとは、夜のトークイベントがメインだと思うのだけど、家族の手前夜はいけなかった。
昼間の展示のみ見に行った。
ゲストブックをめくると、いくつか知った(聞いたことのある)方のお名前がある。
笹公人さんとか。

うーん。うーん。
でもちょっといまひとつだった。(無料だしなぁ・・・)
いままで雑誌などで掲載されたコラムの切り抜きとか、字がちっちゃくて読むのが大変だった。
新しくつくったらしきものは、Macで動く二人の似顔絵キャラがでてくる神経衰弱とか、ちょっとしたゲーム。
金紙さんのオブジェ。スイッチを押すとしゃべる。
銀紙さんのアート。
くらいかな。
オリジナル・グッズは、てぬぐいとかベルトとか。

うちに帰ってからなんで不満だったのか、わかってきた。<あいかわらずいつも反応が鈍い
金紙さんのオブジェのセリフだ。
それは、ある歌人さんへの悪口めいたセリフだったのだ。
たぶん、あの展示の中でもかなりな時間とお金とエネルギーをかけて創ったオブジェとしくみだと思う。
観客にスイッチを押させて伝えたいこと・・・。
それが、ひとの悪口?!

「しゃれだよ、しゃれ!」
っていう部類のものなのだろうか?
これが、「サブカル」ってものなのだろうか?
わたしには、わからなかったし、しゃれも通じなかった。
ある意味、不快だった。

アートって、ある意味、自分のセオリーを打ち出すものじゃないか?
ほかの人のことなんて、関係ないと思ってた。
自分の世界観をだすものじゃないのか?
彼の世界観が、あのような形だ、といわれたらそれまでだけど。
金紙さんとしてのキャラ立ちを考えれば、藁って終わることかもとも思いつつ。

なんか受け入れられなかった。
サブカルチャーの一部が、メインコースに対する単なるひがみの文化なのだとすれば、興味は半減する。
メインコースを気にせず、突っ走るのがサブカルじゃなかったのか。
いや、よくわかってないけど。

ほかのひとは、あれで笑えるのかなぁ。
いいと思うのかなぁ。
少なくとも自分には合わないと思った。

その後ふらふらと歩き、吉祥寺の町は、こんなに人がいてお店があるんだとびっくりした。
いつも井の頭公園にいくときにちょっと歩くくらいだったので。
昔はこんなに店はなかったような気がする。
いったい何年来てなかったんだろう。
人ごみの中で、なんとなく疎外感を味わいながら、ドトールでコーヒーを飲んで帰宅した。

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2005/07/28

携帯縦書き五行歌

五行歌の会同人の百楽天さんが、ケータイメルマガにて縦書きの五行歌を配信している。
掲載される五行歌は、五行歌関係の書籍や、過去の歌会作品、ネット投稿作品などのほか、自薦他薦の作品をメールで募集している。
先日、百楽天さんから「しづくさんの作品も載せていいですか?」と聞かれたので、
「お願いします」と答えてあった。
どんな歌を選んでもらえるのか、知りもせずに。
昨日の配信で、その歌があった。(照れくさいようなうれしいような)

昨年の7月、AQウタカイに出した歌だった。

---

  夏 届 逃 き 遠  
  の か げ ら く  
  恋 な 水 め に  
  の い は く    
  よ          
  う          

---
そっかー、と遠い目になる。
この歌を作ったときの思いが、よみがえる。
うれしかった。
こんなふうに出会わせていただけて。

お礼もかねて、このメルマガをご紹介。

【今週の五行歌】
・ミニまぐID:M0043919
・周期   :日々週間(いまのところ毎日朝晩2回)
登録は携帯電話にて、下記より。
http://mini.mag2.com/i/m/M0043919.html
[登録する]をクリックして空メ(何も書かずに)送信してください。
メールは、携帯メールのみの受付となるそうです。
作品の選は、百楽天さんがしています。
作品には、作者名と出典を併記されます。

パソコンを持ってない方は、とくにいいかもです。
きれいに縦書きされるので、評判よいです。
(一部機種によっては、ずれることもあるようですが)


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2005/06/26

当事者でないものが歌うむずかしさ

昨日と今日、わたしにしてはめずらしく? 2日連続の歌会だった。
その中でちょっと考えたこと。

歌会に出された中で一首、時事詠があった。
TVで報道された事故をモチーフにしたものである。
被害者の家族の方たちの「口惜しさ」を詠われていた。
状況もわかり、口惜しいと想像されたこともわかるのだが、点を入れるのをためらった。

以下は自分への問いかけ。
そこに出された歌が呼び水となったのだが、一般論のこと。
特定の歌を批判するものではありません。

TVで見ている第三者(私)が、ほんとうに被害者の気持ちがわかりうるだろうか?
痛ましい事故、事件がおきると憤り、悲しみ、悔しい自分の気持ちに嘘はないのだけれども、それを「悲しい」、「悔しい」、そういう共感で詠ってしまってよいものなのだろうか?

似たような経験を持ってる人だったら、それを自分に当てはめたリアル感を(少なくとも自分の実感した思いを)こめられるのだろうけれども。

当事者の思いを代弁するのは、とてもむずかしいことなのではないか。
そのことで、気持ちを逆なでする可能性もあると思う。
当事者の思いを語るなら、いろんな角度で思いをめぐらせて、自分に引き当てて、そこから自分が語れることを語らないと、自分の歌にならないような気がする。

時事詠も自分への問掛けなくしては、ただの言いぱなしのようになりやしないか。
自分を棚に上げて批判してないか。

そういうことをあれこれ考えていると、わたしは詠みたいのだけど時事詠がなかなか詠めない。
悲しみや喜びは、自分の中のものを詠うしかできない。

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お知らせ

◆マイ・PC入院
 わたしのマシントラブルの件ですが、6/29(水)修理に出すことに決まりました。
1週間から10日ほど、かかるそうです。
各種おへんじなど遅れがちになると思いますが、ご了承くださいませ。

◆AQ歌会の事務局に
 いままで水源純さまになにもかもおんぶにだっこでやってきたAQ五行歌会でしたが、水源さんが横浜の代表&事務局もされるようになったこともあり、わたしがAQの事務局をお手伝いすることになりました。
 まだプリント作りとか、お知らせとかくらいからのスタートでへっぽこですが、よろしくお願いします☆

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2005/05/21

目の覚めるような0点

今朝うたともの柚月くんところのブログで「やってしまった」を読んだばかりであった。
今日のAQ歌会、わたしもめでたく0点友の会に入会した。

わたしの場合、その結果はすごく納得であった。
0点なのに、いくつかコメントをいただいて、それがとてもありがたかった。
電車の中ですごく独りよがりな歌だったなーとよくわかった気がした。
自分にしか見えてない映像を詠ってしまった。
自分ではいいと思っていた前半部分も後で考えると、すごくおこがましく見えてきた。
もう一回、このときの思いを歌に詠み直してみようとおもう。

うまくいくか自信はないけど、あのゴッホのブルーをどうしても詠みたい。
そのために、あがいてみたい。
AQのうたともに感謝。

 ◇ ◇ ◇

ついでに告白すると、人生の先輩に面とむかって(「僕はいじわるなんです」と仰ったので)「いじわるですよね」とか冷静に言ってしまった。
そのときの流れで、あいづちみたいに素直に言ってしまったのだが、もしかして(もしかしなくても)大変失礼だったのでは? と今頃思った。 ああ、それなのにそれなのに、その後も普通に談笑してお互いに「ありがとう」と別れて、なんだかすごいと思った。感謝。

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2005/04/29

ロータスパーク~春の五行歌入賞作品展

東西線木場駅の近くにある「深川ギャザリア」のプラザ棟「ロータスパーク」にて、先日募集していた春の五行歌の入賞作品展を開催しています。4/29~5/7までということで、本日初日に時間がとれたので行って見てきました。

わたしは以前にロータスパークの横にあるイトーヨーカドーに来たことがあったので、だいたいの位置はわかっていたのですが、初めてくる人にはロータスパークってすぐわかるかな? 
(外の写真を撮らなくて失敗した・・・。)

ロータスパークは、イトーヨーカドーの右手にある別棟で、1F、2Fはレストランが入っています。
1F部分をぐるぐるすると、一角にパネルが並んでいるのが会場でした。
iriguti

こちらが最優秀に選ばれた作品。優秀作品は緑のゾーンにあります。
yuusyuu

入り口に案内などはないので、入った人だけが見てもらえるという感じでした。
パネルはライトアップされて、きれいでした。

syuusaku-24

migi_kabe12


柱をはさんで、大きく2箇所。全部で約50首ほどの展示です。
展示作品はもう少し多くてもいいなぁと思いましたが、展示スペースの関係なのでしょうね。
ときどき立ち止まって、ながめている方が何人かいらっしゃいました。
ついでにお買い物をして、アイスコーヒーを飲んで、本屋によって帰ってきました。
風船をもった子どもがいっぱいいて、おだやかな休日を実感した午後でした。

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2005/04/15

浅い着地点の歌

先月のAQに出したわたしの歌。

ふわふわと
風花
舞い降りて
まつげの上に
遠くの便りが届いた

 ◇ ◇ ◇

二席をいただいたのだけど、なんというかすわり心地の悪い椅子のうえにいる。
なんとなく類型的な感じがする。
わたしでなくても書けそうな歌だ。
東京でめずらしく降った風花(かざはな)の実体験から来たものだし、あ、と思った心のゆれをまとめられたという思いもあるのだけど。
んー。
これで満足してちゃいけないなーって感じがしてならない。

なんでだろう、なんでだろうとずーとココロの隅に引っかかっていた。
通勤帰りにまだあれこれ考えて。

もしかしたら、すごく浅いところで着地してるからなのかと思い当たる。
感覚の、うっすら積もった雪をそっとすくったうわべだけを見せてるような。
風花というモチーフからは、それが似合っていたのだけど。

もっとハートがわしづかみにされるようなウタを詠みたい。
爪あとが残るくらいの。
見ている景色のその奥の奥が見えてくるような。
マジック・アイみたいな。

明日はAQ。
一ヶ月も考えていたのか。こんなことを。(苦)

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2005/04/03

福岡はあつかった。

九州お花見歌会より、帰宅しました。
九州女性のパワーを体験できてうれしかったです。
華やかに親しみこめて歓迎してくださった皆様に感謝。

それにしても。
みなさん、一人一人の輪郭がくっきりしてるのだ。
女としてうつくしくあること、アピールすること、それを楽しむこと、それを自然にこなせること。

自分にはない部分で、ゆたかな女性の生き方を目の当たりにして、自分の中のどこか固い結び目もちょっとゆるんだ気がした。その伸びやかさがとても健康的で、みていて気持ちよかった。
突然降った雨のように、あついあついシャワーを浴びたような気がした。

いやあ、旅っていいですねぇ。
個別にはぼちぼちとメールなどさせていただきます。
ありがとうございました。謝謝。

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2005/04/02

福岡へ

もうすぐ出発します。
九州お花見歌会参加のため。
東京はくもっていて、ひんやり。
どきどきしています。
明日の夜まで留守にします。

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2005/03/15

近況報告。

忙しいですが、元気です。
花粉症は(いまのところ)ありません。
「啄木」ライブは、行けませんでした。(ざんねん)

義母は、手足が少し動いてました。(起き上がれないけど)
義母は、わたしをみて笑いながら、まくらの上のタオルで目じりをぬぐいました。
義父は、「なんとかやってる」といいました。
義父は、「家には寄るな」といいました。

九州お花見歌会へ歌を送りました。(ぎりぎりですみません)
るんるん♪
土曜日はAQ。
日月もおでかけ。
卒業式ももうすぐ。

足元からすこーし浮いてるかんじ。
どうか無事に、すべてのスケジュールをクリアできますように。

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2005/02/23

歌について語ろう

語ろうって言っても、わたしが勝手に語ってるのですが。(^^;;;
わたしのメインサイトで、「歌について語ろう」のコーナーがあって、それに新しい記事を追記しました。
歌を読む~~共感を超えた先にあるもの、です。
えっと、ブログしか見てない方も多いかなーと思いまして、なんとなくここに宣伝。
ぜひコメントしたい! と激しく思われた方は、ここへどうぞ。

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2005/02/20

AQ歌会

今日は雨ですごく寒かったのですが、歌会でした。
はるばる大阪よりいなだっちさんがいらしてくれたり、ニューフェイスのま のすけさんや、久々の由奈さん、仁尾さんと総勢10名のごーか!なウタカイでした。

(いまもうねむいのですけど一言だけ)

ふわふわただよう
思いのわたを
はしっとつかまえて、
スパスパことばのラベルを与えられる
あざやかさをみた
かんどー。
(↑いなだっちさんへのリスペクトっす)

たのしかったー。ねむー。

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2005/02/08

たのしさとかみんなでとか。

突然ですが。
もしあなたが歌詠みだったとして、なぜ五行歌を詠んでるのですか?

よくみかけるのが、「楽しいから」。
「みんなで和気藹々」

わかるけど、これはわたしにとってファースト・プライオリティー(第一優先)ではない。
ウタを詠むってもっと孤独なことだと思っている。

もちろん楽しいですよ。
でも楽しさはみんなと一緒にやるからだけじゃない。

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2005/02/03

ハッピーは味わっておけ。

昨日の続きで恐縮ですが。

第一志望合格のとき、「わぁ~受かった~!」と叫んだのはわたしでした。
娘は先に確認して、わたしが駆け寄ると「はいはい、じゃいこう」みたいにクール。
照れがあるとも思うのだが、一日めのようにわたしが泣くのを恐れたようだった。

手続き会場への道。
わたし「受かった人ってすぐわかるね~。
     なんかニコニコしてるもん」
T   「そうだねー。この人(わたし)みたいにねー。わかりやすいねー」

わたし「でもさー。人生にやったーって大喜びすることなんてそうそうないんだから、喜べるときは喜んでおかなくちゃもったいないよ」
T   「そうだねー。」

思えば、先月AQ欠席歌も、真逆の意味で、同じことを詠ったように思う。

uta_happy

アン・ハッピーを知ってるオトナだから、純粋に喜べるのだよ。
娘よ。きみは、まだ青いぜよ。

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2005/01/10

ことばのことを考える

今日は新宿へバーゲンに行った。
なかなかプロパーでデパートに買い物に行く勇気がない。
バーゲンのあのごちゃごちゃとした混沌の中で、やっとふらふら紛れ込むことができる。

今日のお買い物。
茶のくつ。
茶のスカート。
黒の革のスカート。

足が棒になったので、帰りにお気に入りのカフェへ寄る。
一人なので二人席に座ろうとすると、マスターが「こちらでもいいですよ」と四人座れる丸テーブルを薦めてくれる。
今日は、お客様が少ないようだ。
「一人ですが、いいですか?」といいながらも、ちゃっかり座らせてもらう。

ここは、本がたくさん置いてあって自由に読める。
手に取った本。
谷川俊太郎著 『ことばを中心に』 草思社 1985

いくつか気になったことばを、ちびノートに書き留める。
ショート・ショートについての記述が、なんだかウタへも通じることがあるなと思って興味を持つ。

今日のメモ:
 ”どんなに短くとも、言葉は人間のドラマを語りうるという楽観主義”
 ”要は人生の切り口を見せること。それも新鮮でなまなましいものを” ・・・etc.

人間のドラマかぁ・・・。人生の切り口かぁ・・・。
ことばを生業としている人は、やっぱりことばについて、真剣に考えているもんだ。
 

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2005/01/09

関東合同新年歌会でした!

ここんとこ、この準備でめいっぱいでした。
やっと本番。
昨日送ったはずの荷物が、別の階の受け付けに届いていて、わからなかったり、あれこればたばたしてましたが、無事終了いたしました。
二次会では、1時間たっても料理が出てこずに、店長よんでこーい! 状態になったりとか。
なんだかすごいエネルギーがうずまいて、でも皆さんそれなりに楽しんでいらした様子でよかったです。
忙しすぎて、参加してくださった皆様とあまりお話できなかったことが、残念です。
遠くからいらしてくださった皆様、ありがとうございました。

あいかわらず私は低点クラブだったわけですが、お一人「わたし2点入れたわよ~」と言ってくださった方がいて、思わず「ありがとうございます!」と固~い握手をさせていただきました。
ほんの一握りの方でもいい、心に留めてくださる方がいてくれたら。
井椎しづく、明日への励みにいたします。ありがとうございました!

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2004/12/19

今年最後の歌会

昨日は、今年最後の歌会でした。
思い切り低点クラブだったのですが、自分としては自分の思いをこめた作品だ! と信じてるので、(笑わないでよ)作者コメントをつけます。
歌は、メインサイトの「五行歌」からどうぞ。
(ここは縦書きがうまくできないので、載せたくないのです。)

   ◇    ◇    ◇

「パスポート」という比喩を使ったのは、パスポートが持つ二つの役割が自分の感覚にフィットしたからです。
パスポートの役割とは、ひとつは、通行手形。もうひとつは身分証明書。

今年最後の歌会ということで、今年一年間を統括するようなお歌を出したかったのです。
この一年、五行歌を通じていろんな出会いがありました。
不思議なのは、お歌だけを知って、読んで、その思いに揺り動かされた人というのは、わたしにとって絶対の信頼を持てるのでした。たとえ、一度も会ってなくても。そして、運良くお会いしたとしても、初めての気がしなく、すーと接することができます。

   ◇    ◇    ◇

あなたは、もうわたしという国の(心)へ通っています。
わたしもあなたという国へ通してください。
あなたという人は、すでに知っています。
あなたが何に心を動かされ、何に喜び、何に怒り、何を愛してるか。
わたしにはわかるのです。

それはあなたが
五行歌というパスポートを持っているからなのです。
あなたも、わたしの五行歌を読んでくださってるから
わたしのことを笑顔で迎えてくれるのでしょう?
わたしの背中にも、五行歌のパスポートがくっついてるから。

わたしの五行歌を読んでくださるみなさん、ありがとう。
わたしにあなたの五行歌を読ませてくれてありがとう。

   ◇    ◇    ◇

Love & Peace.

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2004/12/08

歌に向き合う

 歌を「詠む」ではなく、「読む」ことについて、じっくり考えをまとめてみたいとずっと思っていた。
 作歌の動機はさまざまにあるだろうが、一首の歌に向き合うとき、それは「今からこの作者の思いにふれるのだ」と、わたしは背筋を伸ばして、気持ちを平らかにして読みたいと思う。
 気持ちを平らかにする、というのは、歌が語ってくることに静かに集中して耳を傾けたいからだ。自分の日常からは一歩遠のいている状態だ。
 この言葉、リズム、表現によって、作者がいったい何を訴えているのか、何を伝えようとしているのか。そしてそれに対して自分はどう感じるのか。過去の経験や体験、知識、おそらくそういうものを総動員して読み取ろうと試みる。

 最初のこの姿勢は、どんな歌であろうと変わらない。読む前はわからないからだ。一読して初めて、それがどういう歌なのか、タイプとしてはどの感じなのか自然と分かれる。
 簡単にいえば、「裏(奥)がありそうか?」 それともないか。

 素直に読める歌は、そのまま味わいたい。くすっ。あはは。ねぇ、これみてごらん。うーむ。(泣)。カンドー!
 ひっかかる歌、解釈が難しい歌は、「奥がありそう」であり、読み取りセンサーの感度を高めて、何度か読んでみる。自分がなぜ気になるのか、他の解釈はないか、暗喩の可能性など、いろんな試行錯誤をする。
 ストーリーが見えてきたら、歌会であればコメントを発表するし、ネットの掲示板であれば、(例えば柚月さんのまな板のような)そちらにまとめて書くこともある。

 いずれにせよ、1つの歌に向き合うとき、自分の持ってる解釈力の全てを出し切りたいと思う。もちろんいろんな解釈があっていいわけで、他の人の解釈も聞いたりして自分の限界が見えてくる。限界がわかると、こんどはそれを壊せるようになるだろう。

 歌を読むことは、心を動かされ、励まされるだけじゃない。いろんなことを教えられる。だからこそ、読むときは真摯に真剣でありたいと思う。

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2004/11/19

歌会の近況報告

 明日は歌会だ。
 午前中にひとつ用事があり、それが終わり次第そのまま電車に乗っていく予定。(間に合うかなぁ)

 歌会が始まる前に、各自近況報告の時間がちょっとある。
 歌会は一ヶ月に一回なので、近況といっても幅広い。
 いちおう何を話そうか考えていくのだが、私の場合、ブログと内容がだぶってしまうことがしばしばある。
 何が問題かというと、近況報告や、ブログに書いたことが歌に投影されていると、「この歌はしづくさんのだ!」と察しがつくではないか。そういう察しがつくのは、つまらないと思っている。先入観なしで読んでもらいたいのだ。歌会では。
 それに歌会の出席者がみなさん私のブログを読んでるわけではないのだが、同じ話を2回聞くのはやっぱりおもしろくないだろうと想像してしまう。

 でも、このあいだの「たこやきとblog」にも書いたが、「おお、そうだそうだ」とひらめいたときが一番誰かに告げたいときである。だからがまんするのも体に悪い。ぐるじい。
 2つあるうちの1つだけ書く。

 今は12月号の入稿直前で、伊藤赤人さんの五行歌集『望郷の丘』の書評を校正していた。みなさん思い入れも深く、ひいている歌もよく、おもわず泣いてしまった。そして明日の歌会のため昨日メールで送った自分の歌が、むしょうに恥ずかしくなった。「こんなふうに心の底から歌ってないやん!」もっともっと深いところから詠わなくてはだめだとがっくりきていた。
 それをすみれさんに話すと、「わかるわぁ~」となぐさめてくれた。自分も同じように思ったと。先生にそのことを話したら、歌はそれぞれが持っているもので詠うのだからいいのだ、みたいなことを言われたという。
 そうなのだ。どんなに他の人の歌が素晴らしくて、うらやましくても、わたしはわたしの歌しか詠めない。そこで自らと戦うしかないのだ。へなちょこの歌も含めて。
 赤ボールペンを握りながら、仕事に戻る。歌を読んで泣ける職場でよかったなーとしみじみ思った。

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2004/11/05

今日、じわっときたこと

今日、じわっときたことが二つある。

ひとつは、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太の素晴らしいデビューだ。
背番号1。他の選手から比べると、173cmはまるで小学生だ。
フリースロー、3ポイントシュート、アシストパスと、見事なプレーで、たったの10分間で7得点を獲得したという。

試合後インタビューされてる様子が、NHKの朝のニュースで写ったのだが、その表情はうれしそうでリラックスしてほんとうにいい顔だった。これが泣かずにいられるか!

もうひとつ。
今日、伊藤赤人氏の『望郷の丘』を手にした。「元ハンセン病患者が綴った魂の五行歌」と帯にある。
表現者は、魂の底から訴えたいことを持つとき、最高の表現者となるのではないだろうか。
作者自筆の書のページもふんだんにある。1ページ、1首。
434Pのこの分厚い五行歌集の重みにふさわしい、作品たちである。
(しづくの本棚へも入荷いたします♪)

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2004/11/04

And Your Bird Can Sing

あなたは
鳥なのだから
おうたいなさい。

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2004/10/24

寺本一川と墨遊びしま書社中展

神楽坂アユミギャラリーへ、「寺本一川と墨遊びしま書社中展」を見に行きました。
今日のお目当ては、一川さんのライブ。
お庭のテーブルで紙を広げ、目の前で書いて見せてくださった。

おどろきの筆使い!
一川さんは、独特の柄も穂先もすごく長い、羊毛のお筆(一川筆:特注)をお使いになる。
(ちなみにお教室の生徒さんもみなさん、最初からこのお筆を使われるそうだ。)
それがとても柔らかいために、書いていくと曲がっていくので、それを直しながらありえない角度で筆が入るのだった。
「書くときは、(構成とか)考えないのよ」
「考えると書けない」
とおっしゃる。
ほぼ一気に書き上げられる書をみて、ギャラリーからほほぅーとため息がでる。

展示会は、五行歌でおなじみの方が何人も作品をだされていた。
草壁先生の作品もあった。
先生は新潟から帰れたのかしらと、思いつつ、いろいろ預かり物を承りながら帰宅した。

おまけメモ

1)ギャラリーにて、じょていさまにお茶を入れていただいてしまいました!
  おそれおおいです☆
  さらに、じょていさまのおうじさまおひめさまにもお会いしてしまいました!

2)さらにチェリストの浅岡洋平さまファミリーにもお会いしてしまいました!

 なんだかとってもノーブルな午後となりました・・・。

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2004/10/23

歌会と地震

今日はAQ歌会でした。
たのしく2次会で飲んでいたら、地震が!

そのうち、携帯メールが届きだして、大変なことらしい!
新潟地方の方、お大事に。余震にも気をつけてくださいませ。
とりあえず、お見舞い申し上げます。

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2004/10/20

しいたけちゃん

今朝のおかしかったこと。

今朝娘Tが鏡の前で、「ねぇ~ねぇ~、前髪、まっすぐすぎじゃない?」と私をにらんでいる。
口はとがっていて、ほっぺたがふくれていて、目は、ガン付けである。彼女の前髪はわたしが切っている。後ろは長くしていて、切らせない。昨日、切りたての前髪について、文句を言ってるのだ。

私「いや~かわいいよ。・・・・(必死で考え中)」
私「しいたけみたいで!」

T「び~! しいたけぇ~!」(うそ泣き)

くくくと笑いながら、立ち去るわたし。

以前のわたしなら
A「なにいってんのよ~、早くしたくして学校いきなさーい!」(逆切れ状態)
B「あはは、ごめんねぇ。今度は気をつけるからさぁ。まぁまぁ」(ねこなで状態)
と、そのときの気分によって、AorBの反応をしていたはずだ。

それが!
我ながらなんとうまくかわせたことか!
Aならば、ますます怒りを買い、ますます支度が遅れる。
Bならば、その場はとりつくろうが、教育上よくない?

これは、もしかして、五行歌の効用かも、と思う。五行歌を読んでいると、こういう達人のトラブル対処法を学ぶときがある。それにユニークな友人たちと付き合っているのも大きい。ユーモア術が知らない間に磨かれていたのかもしれないぞ。だとしたらうれしいな。うしし。

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2004/10/09

日本文学館のコンテスト/五行歌「恋の歌」

たしかそろそろ締め切りだったかな、と思い検索してみた。
日本文学館のコンテスト/五行歌「恋の歌」
A賞は、10~20首、B賞は1首から応募できるそうだ。郵送。
第一回締切2004年10月10日(当日消印有効)
第二回締切2004年11月10日(当日消印有効)

明日は、ムリだな。でも二回目なら間に合うかも。
出してみようかな~。
みなさんもどうですか?

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2004/09/25

2004マラソンリーディング

今日は新宿文化センターへマラソンリーディングを聞きに行った。
なぜマラソンかというと、15:00~20:00まで31名の朗読を聞く長丁場だかららしい。
途中で帰ろうかとも思っていたが、プログラムをみると最後の方が当然有名人ゲストの朗読がある。結局最後まで残って聞いていた。
座席は200席ほど。演者は短歌の歌人さんが多いが、詩、川柳、俳句など多少バラエティがある。いずれにせよ、自分の作品を自分で朗読する自作自演である。舞台は演者の要望か、椅子がでてきたり、スタンドマイクだったり。そのほかの大道具はいっさいない。最低限の照明と、音楽を使う人がときおりいるくらいのシンプルなスタイルである。

最初のパフォーマーは制服を着た女子学生だった。
短歌の旋律を全く感じさせずにささやくような声で読み上げてゆく。なかなかいい感じ。
それから絶叫型あり、意味不明型あり、数字の朗読あり、いろいろな個性が集う。

しかし朗読というのは、一瞬にしてことばが耳から耳へととおりすぎてしまうので、難解なことばは理解できないままとおりすぎていってしまうものだと痛感する。声だけで伝えるむずかしさがあると感じた。
聞いてるうちに、ゆっくり読む、2回繰り返す、などでそれらは技術で補完されるということがわかってくる。
また、BGMを使うのもいいが、たとえ洋楽でも歌詞があるのは、なんだか気になってしまう。
短歌だけより、散文をはさみながら読み上げるスタイルの方が、ふくらみというか適度な間合いができて、聞き取りやすい。

休憩は1時間に1回程度とりながらすすんだわけだが、あまりあきずに楽しむことができた。1人の持ち時間が5~10分程度でくるくる変わるからかもしれない。(そういえば、寄席もこんな感じだ。)
女性のやさしい声だと、ときおり意識をなくしそうになったが。(会場はかなり暗いのだ)
単に朗読といっても、ひとつのパフォーマンスであること。表現としては自由だが、聞く人を楽しませようという気持ち、確実にことばを届けること(理解してもらうくふう)が、最後の方のゲストの朗読から感じられたことだった。それは単なる自己表現だけじゃないと思った。

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2004/09/22

全国大会ひとり歌会レビュー

2004年五行歌全国大会は、130名、130首の歌が参加した。
採点は、30首以内、45点まで。
最後に配られた作者名&得点表を改めてよく見てみる。

1位のお歌は、124点獲得した。
20点以下は*表示になっている。
わたしがマークしたのは、27首。うち、上位10首にはいったのは、2首だけだった。
得点したのに、*だった歌が5首もあった。
得点した27首のうち、60点以上は6首しかない。(上位2首含む)

この結果をどう考察すればいいのだろうか。
ひとつは、ページのはしっこにあるお歌で、見逃していたのがいくつかあった。(めんぼくない)
年齢的なものもあるのかもしれない。全体の参加者では、わたしはやや若いほうだ。
全体的に共感度の高い、すなおな、くせのないお歌に人気が集まってるような気がする。
個性的なお歌は嫌われる傾向にある。

一番いいたかったのは、*の方、あまり気にしないでくださいね、ということでした。
点数をもらえるかにこびず、自分の一番詠いたい今の思いの結晶を出せればいいと思う。
共感してくれるか否かにかかわらず、まずは読んでいただいて、少しでも何か届けられるものがあればいいと思う。

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2004/08/29

”ひんやり”とした性の歌

昨日はAQ歌会だった。
その中で、仁尾さんが斬新な性の歌を出した。


  放 終 動 握 枕
  す わ く っ の
    る と て 裾
仁   と 強 い を
尾     く る  
      握    
智     る    

 AQで性がテーマになった歌が出ることが最近はほとんどなかったので、正直みんなピンとこなかった様子だった。
採点後、本人からのコメントを聞いてその意図するところに圧倒された。

仁尾さんの意見は、「これまでの五行歌では書かれてこなかった性の歌のジャンルがある気がする」というものだった。
性はもっと広いものなのに、ある一点に集中しすぎてるような気がすると。
だから僕は「色気のない性の歌」を詠いたい

それを聞いた後、一人で電車で帰り、ふとんの中でもそのことを考えていた。
仁尾さんの「性はもっと広いもの」ということばが、自分の中で響いていた。

私にとっての性は、どこか”しーん”として、”ひんやり”としたものを含んでいることをずっと感じていたからだ。
それは熱いものでも、はじけるものでもなく、堕ちるものでも、狂うものとも違っていた。

 ”しーん”として、”ひんやりとした”性の歌があったのなら、それに出会えたとしたら、私はたぶん泣くだろう。
 熱い涙をぼろぼろ流して、泣くだろう。

(注:仁尾さんの歌の掲載に関してはご本人の了承をいただいております。仁尾さんありがとうございました。)

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2004/08/07

ささやかなお返しとして存在する歌

今、ゴンチチのやさしいギターが流れている。

私がギターを弾けなくても
誰かがわたしに聞かせてくれる。

私が上手に絵をかけなくても
誰かがわたしに描いて見せてくれる。

そのすてきなインプットを、大切に慈しみたくて、感謝したくて、
私は小さな歌をつくる。
息を吸って吐くように、いただいたものをお返ししたいと思う。
私なりの形にして、残したいと思う。
誰かに伝えたいと思う。

私はインターフェースにすぎない。
でもちょっと触媒。

伝えたいことは、自分の中だけでは貧しいのだ。
何も入ってこなければ、わたしはカラッポだ。
いつもいつもむさぼりつづけて、探し続けて、打たれ続けて、吐き出し続けるのだ。

そしていつもぐっすり眠れますように。

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2004/07/14

五行歌全国大会

9月に松島で開催される全国大会、投歌締め切りは7/15.
昨日あーでもないこーでもないと、つくりかけの歌を推敲する。
どんなに遅くても今日にははがきをださなくちゃ。

...推敲した挙句、結局やっぱりこれか...みたいな結果。
はがきにおおきく縦書きにして投函することにした。

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2004/05/06

むずかしくないもの

今日、ちょっと耳にしたことの中で、「むずかしいのはちょっとねぇー」ということばがあった。
「さっと読んで、ぱっとわかる」

(そうかーそうかーそういうものかもなー)

人の好みはいろいろで、また時代の流れとか、季節とか、データで分析すると具体的になるけれどもしなくてもなんとなくわかるようなそんな空気。
むずかしいものや、深刻なものを遠ざける傾向。
なぐさめたり、癒されたり、励まされたりするものがほしいのだ。

すーっと心地よくフィットして、すーっと忘れてもいいもの。
その一瞬、なんかこう、ぱっと、ニコっとするもの。

くだらなくてジャンクでかわいいもの。
そういうものって、案外人気があるのかもな。

「むずかしいことは、(必ずしも)すごくない。(とおもわれている)」

なんかそんなことを思い出させてくれたので、すこし肩の力がぬけたような。

実は6月号に投稿した歌を、あとで見直したら、すごくゆるかった。
自分も日々のニュースに疲れて、目をそむけたくなっていたのかもしれない。
ちょっと元気がなくなってるのだな。
また、痛くてとんがった歌がかけたら(性懲りもなく)、元気になったと思ってください。

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2004/04/24

今日は歌会でした。

先月はお休みしてしまったので、2ヶ月ぶりのリアル歌会。
参加者は6名で、いつもよりちょっとさびしい。
でも全部のウタについて話せて、興味深かった。

歌会へ行くときは、感性のアンテナの感度をあげてゆく。
そして気持ちはなるべくたいらにしておく。
まっさらな平常心みたいな感じかな。
これから出会うであろう、ウタのうったえるものに耳を澄ませたいと思う。
先入観とか、固定観念とか、そういうものから遠いところへ行きたいと思う。

そしてとても正直になれる時間だ。
歌会につどう人もまた。
だからこの時間はとても大事に思う。
わたしにとってねじれた姿勢をまっすぐにしてもらえる場だ。

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