2017/09/15

【写真展】荒木経惟 「センチメンタルな旅 1971-2017-」

東京都写真美術館、総合開館20周年記念の展示会は、荒木経惟の妻「陽子」をテーマにした作品展だった。
荒木経惟、通称アラーキーの写真は、いろんなテーマがあるがやはりヌード写真の印象が強い。
女の裸に対する男の欲情は、女のわたしにはわからないんだろうなと思う。

でも、アラーキーの妻陽子さんの写真は昔から好きだった。陽子さんが早逝したことも、大変うつくしい人だったことも知っていた。今回、陽子さんの展示だったから、これはいかねば、と思った。

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最初のプロローグと、センチメンタルな旅のコーナーは、二人が恋人だったころから新婚旅行の写真によって綴られた写真群。
若き日の陽子さんが、私の印象をくつがえすようなまなざしで驚く。
なんというか、まるで捨て猫みたいなのだ。
あんたを信じていいの? あたしを好きなの? とカメラを睨み付けてくる。
これが恋人同士の、妻の写真なんだろうか。
それくらい、陽子さんはびりびりにとがっていた。

陽子のメモワールは、1960年代から80年代の一番輝いている陽子氏のポートレイトがひしめく。
うつくしくてエロチックで魅力的だ。

一番の圧巻は、静かな「冬の旅」という陽子さんの最後の誕生日、1989年5月17日から、闘病生活から亡くなる1990年1月27日、葬儀後の2月1日までの日付入りの写真たち。
仲間たちとおどけた誕生日パーティーに死の影はない。
しだいに病室らしい写真、握り合う手、空、と日付が進んでいく。
それが、怖くて切なくて、観ていて、体に鳥肌と震えがきた。
まるで抽象画のように、写真は一部しか映してないのに、心が伝わる。

風景の一枚が、限りなく悲しくて。

納棺され、あふれんばかりの花の中瞑目する陽子さんは、若くうつくしすぎた。
葬儀を終えた夫の様子、誰もいない空間。
嗚咽をかみころした。
写真で、こんなに感情を揺さぶられたのは、初めてかもしれない。

遺作空2、はアラーキー自らに忍び寄る死の影を表現したものという。
モノクロの空の写真に、鮮やかなアクリル絵の具が踊る。
色彩も形も、みごとな心象風景となって、手法の斬新さもあり、とても印象的だった。素晴らしかった。
心の揺らぎ、葛藤、屈折が、ぐいぐいとした線に託されていて。

三千空は、自宅のバルコニーから撮影された空の写真をスライドショーとして映像で流していた。
同じ屋根や同じ木々のシルエットをフレームにして、空はさまざまな色や形を描く。
ひとつところにいても、こんなに素晴らしいものに出会える。
あなたは、気がついているのですか? と問われている気がした。
同時に最愛の妻を失い、どこへも行けずひたすら空を眺めているアラーキーの姿も目に浮かぶよう。
空の変化が、彼を再生させたのだろうか。

家族の一員の愛猫、チロのポラロイド写真200点。
ほとんどが、チロの顔のアップ。顔から、いろんな表情をくみ取ろうとしたのかな。
またチロはなんとなく、陽子さんにも似ているようだ。
やせ細った体といい、媚びない表情といい。

そのほか、古き昭和の東京の風景が切り取られた写真もよかった。
生活のにじみでているもの、古びているもの、人間の臭いがするものがちゃんとすくいあげられている。

今は誰でも気軽に写真を撮ってアップできる時代。
しかも簡単に加工までできる。

だけど、ここで見たアラーキーの写真は、ネットで見かけるいわゆる「見栄えのいい」写真とは全く異なるものだった。
もっと生々しくて、人間くさくて、温かいものだった。
そして写真の中から、多くの心象風景を語り掛けてくるものだったんだ。
わが愛、陽子。
愛の記録だった。

恵比寿ガーデンプレイス内 東京都写真美術館
9月24日(日)まで。
めちゃくちゃおすすめです。

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2017/08/15

【演劇】ミュージカル『にんじん』鑑賞

年に4回ある都民半額観劇会に申し込み、抽選に当たったので新橋演舞場へ『にんじん』観劇。
原作は、児童文学のジュール・ルナールが自分の子供のころの思い出をもとにして書いた、半自伝的な物語。
主演・大竹しのぶ。
大竹しのぶの舞台に興味があった。

(以下ネタばれありますので、知りたくない方はすすまないでください)

舞台はフランスの片田舎。
『にんじん』には、赤毛でそばかすの少年が主人公で、赤毛のため、家族からも名前を呼んでもらえず、「にんじん」と呼ばれている。
にんじんも、父や母のことを、「ルピックさん」「ルピックさんの奥さん」と呼ぶ。

母には兄弟で一人だけ、いつも雑用をいいつけられ、大好きなメロンももらえず、悪いことがあるとすぐにんじんのせいにされ、激しく叱責され、ぶたれたりする。
家族は、もともといい家系だったらしいが、戦争から帰った父もろくに働けず、お金に苦労してる様子。
全体的に、ギスギスしていて、夫婦の間も会話がない。

誰にも愛されていない、寂しさと苦しさから、何度か自殺をはかろうとするにんじん。

これが子ども向きの話なのかなと思ってしまうくらい、テーマは重くて、暗い。
家族だけではなく、村の人からも、にんじん、嘘つき、怠け者、と悪口を言われてる様子。
前半は、そんな状況で終わる。

大竹しのぶのにんじんは、14歳のふてくされた子どもの様子、死んだネズミや蛇をポケットにいれて、いじわるな兄に反撃するニヤニヤした感じが、可愛らしい。思ったより小柄な人だった。
昔から、どこか乗り移ったような演技をする人だと思っていたが、にんじんもそんなふうだった。

お手伝いアネット役の真琴つばさは、にんじんに死んだネズミを握らされても、動じない明るい人柄。
家族のギクシャクに気づきながらも、にんじんに心を寄せる様子。
真琴つばさは、セリフ回しも歌も、踊りも、宝塚のトップスターというのはやっぱり凄いな! と思わされた。
声の響き方、届き方、歌の力強さ、が抜きんでている。コミカルな芝居も上手。

名づけ親役の今井清隆さんは、めちゃくちゃ声がいい。セリフも歌も聞きやすくよく響き、うっとりするイケボー。

ルピック夫人のキムラ緑子は、にんじんを虐待している一方、虐待をやめられないことに苦しんでもいる。
冷たい夫や、傾いた家計、家柄だけはいいので体面をつねに気にする生活に疲れ、イライラしている。
姿勢の良さと、気位の高さ、冷たい神経質な役どころにぴったりはまる。

兄のフェリックス(中山優馬)は、母からの溺愛を受けつつも、いろんな狡さを身に着け、にんじんに罪をなすりつける嫌なやつだ。物語の最後まで改心することはなく、それでも彼も冷たい家庭に不満を持っている。
ジャニーズのアイドルもとことん嫌な役どころで頑張るのだね。

後半、誰かがにんじんを救うのかと待っていると、「姉の結婚式に出るな」と命令したのにやってきたにんじんをしかりつけた父だった。
父もまた、常に世間体を気にして、「にんじんが自殺したら、世間様になんといわれるか」と口にするようなダメ親だ。
しかし、にんじんが、結婚式から抜け出して、また首吊り自殺しようとしたところを、止めた。
「お前の心に寄り添えなかった」とやっと正直に告白する。「お父さん」「フランソワ」と呼び合う。
この人も闇を抱えていたのだ。

甘やかされていた兄のフェリックスも、家や田舎に飽き飽きして、家の金を盗んでパリに家出する。

にんじんが出した答えは、悩んだり、不幸だと思っていたのは、自分だけじゃなかったと知ったこと。
その中で、がんばってみようと、自分で決めたこと。
休暇が終わり、また一人、寄宿舎生活に戻るところで、舞台は終わる。

意外とテーマが重くて、あまりいい人がでてこなくて、それぞれの人間の苦悩みたいなものを描いている作品だった。
子どもを愛するには、まず大人が幸せじゃないといけないのかもと思ったり。
分かっていても、虐待してしまう母親からは、離さなきゃいけないとか。
この作品を子どもが見たら、どんな感想なんだろうな。にんじんに同情して、にんじんを応援したくなるのだろうか。
にんじんは、いつも母や兄からぬれぎぬを着せられていたが、自身では盗んだり、嘘はついてなかった。
周りが信じてなかっただけだ。
本当のことは、隠れていることがあるね。それをちゃんと見た目だけで判断してないかな。
そんなメッセージも、赤毛とそばかすにはあるのかもしれない。

原作も、あらためて読んでみたいなと思った。

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2017/07/12

甘雨×葉花「蝶花・てふてふやはなや」展 887書道WS

書家であり、五行歌人でもある甘雨さんのミニ個展へ。(2017/06/27-7/9)
渋谷区富ヶ谷のお花やさん「葉花」はレイアウトがとてもおしゃれでジャングルクルーズか宝さがしか。
ディスプレイのあちこちに、甘雨さんの作品が調和して飾られていた。

Habana1
Habana2

すでに先客がサラサラと何枚も作品を生み出しているのを覗いてみると、美しい発色の墨を使っていた。
ふわーっと淡い紫系の墨で、線が重なると色味がグラデーションになる。
なんてきれいなんだろう。
「しづくさんもやってみませんか」と言う甘い囁きにクラッとして、ワークショップにやってみることに。
「花」というお名前の墨を擦り、筆を手にした。

私は小学生から高校生まで10数年いわゆる書道教室に通っていた。
そこでは、先生のお手本を横目に見ながら、練習するもの。
主に楷書で、後半は行書も書いた。

今は筆ペンでたまに手紙を書くくらい。
本物の筆は、久しぶり。
いくつかの筆を試して、自分はベースに楷書があるので、そこからなかなかぬけだせないなぁと思っていた。
「じゃあ、それを崩してみましょう」みたいな流れに。
柔らかい筆や、繊維をほぐしたような筆を試す。

なんとなく単調な感じ。甘雨先生にみてもらって、アドバイスをいただく。
大きさの変化、掠れや滲み。空間認識。リズム。

書いてるうちに、これはデザインに似てるなと思った。
どんな配置、どんなフォント、配色、余白の取り方。
「字じゃないみたい!」とついつぶやいてしまう。

すると、甘雨先生が、「私は、技術的なものは伝えることができるけれど、文字の意味や心が反映されるのは、その人それぞれの持ってるものだ」といったようなことを話してくれて、あぁそれも同じだなと思った。
改善点をアドバイス頂きながら、仕上げた最終形は、こちら。雅印も押した。
ちょっと紙がしわしわなのはご愛敬(^^;;;
滲みと、かすれとを入れてみて、堅苦しさから少しゆるんだような?

Sphoto

だがしかし。あれ、もっとたおやかな字が似合ってる作品なのに、男らしくなってるよ?
甘い紫の墨を選んだのに、あれれ。
まだまだ少ししか遊べてないけど、工夫して作品として仕上げていく過程が、とても楽しかった。
甘雨さんの作品の凄さもより感じられるようになった。
いい時間を過ごさせて頂いた。
ありがとうございました😊


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2016/10/23

東京国立博物館特別展「禅」

上野へ夫とアート散歩。
東京国立博物館 平成館で開催中の「禅」へ。

おりしも上野公園周辺では、「数奇フェス」が開催されていて、いろんなイベントがあった。
東博へ歩いていく噴水広場にも、芸祭神輿のすばらしい展示も鑑賞できた。
TOKYO数奇フェスは、今日10月23日まで)


先日、「マインドフルネス」のTVを見ていた。瞑想を含む認知療法として知られていて、心のバランスをとりもどし、ストレスに対処するメソッドというところだろうか。
これも、「禅」の精神をルーツとする。
今回の展示は、国宝や重要文化財も多く出品してるとあり、見に行ってみたのだ。

この特別展は、臨済禅師1150年、白隠禅師250年記念というように「禅」の始まりからたどれるように構成されていた。
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入場して最初に迎えてくれるのは、有名な白隠慧鶴の「達磨像」。チケットのデザインにも使われている。
かなり大きな作品で圧巻。
展示の目玉を最初にばーんと出した構成もなるほどねーと思う。
後の方で、慧鶴の容姿が、この達磨に似てることもわかってくる。

ダルマといえば、張り子の置物とか、「だるまさんがころんだ」という遊びのイメージだが、禅宗開祖の偉い人だったのですよ。したがって、達磨の掛け軸がたくさん。
特徴的だったのは、一般に寺院にあるのは、いわゆる仏像のイメージだが、この展示には、臨済禅の祖となる人物の像がたくさんあったこと。どれも精巧な立派なもの。全て椅子に座り、くつを脱いで座禅姿なのも面白い。

古文書の国宝ものが多かった。歴史的な価値という意味で選ばれているようだった。
いろんな教えを書いたもの、書いた人が有名な人、などいろいろあるが、筆運びとか文字の形は必ずしも整っているものは少ない。内容が大事なんだろう。
ときどきいいなぁというものがあって、それは伸びやかで、書いているのが気持ちいいだろうな、という筆の運びだった。文字を書いて、一番気持ちいいのは、きっと筆なんだろうなと思う。
自分も、ずっと書き続けていれば、自分だけの気持ちのよい味のある字にたどり着けるんだろうか、と夢想する。

後半の第五章 禅文化の広がり、に行くとやっとほっとするというか、肩に力をいれずに楽しめるものが多く並ぶ。
お道具類や工芸品も、数は少ないがよいものが並んでいた。
国宝「油滴天目」はあまりに有名だが、もう一つの国宝「玳玻天目」は鼈甲発色の大変うつくしいものだった。どうやったら作れるのだろう・・・はぁ・・・。

伝牧谿筆「龍虎図」は、若冲や等伯にも影響したと言われるらしい。実際、虎が若冲の虎によく似ていた。
雪村周継筆「瀟湘八景図帖」には息をのんだ。墨絵なのだが、遠近感と強弱の巧みさ、何よりほんとうに美しかった。
狩野探幽や伊藤若冲の障壁画もあり、安定の見事さ。

展示の最後に、座布団が三つならんでいて、紅葉の庭の写真が飾ってある。
座禅の体験コーナーだった。
ためしに、少し座ってみた。
いつの時代でも、心を静めて立ち止まる、というのは、自分自身を取り戻す、大切なことなんだなと思った。
わたしも時々、マインドフルネスを実践してみたい思った。

11月27日まで。

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2016/09/18

くるり 「東京」の衝撃

9月9日(金)私が毎週楽しみにしている、生放送の歌番組「ミュージックステーション」(Mステ)に「くるり」というバンドが出演した。
くるり結成20周年記念オールタイムベストアルバム『くるりの20回転』が発売になることと、そのベストにメジャーデビュー曲の「東京」が入っていることから、この日のパフォーマンスになったのだろう。

くるりの曲は、ボーカルの岸田繁さんが書いてること、3人くらいのロックバンドなことくらいしか知らなくて、思えばまともに曲を聴く機会がなかった。
すっかり大人の顔になり、ベースの佐藤さんは白髪になり、曲を聴き始めた私は、すっかり魅了されてしまった。
ああ、なんてすごいんだ!
終盤の佐藤さんの「パーパーパッパパー」のコーラスも驚きをもって聴き入った。

その後youtubeで10年前の音源を見つけ、何度も聞いた。
ああ、でもなんかね、負けてないよ。今も。

私の脳は、しばらく、「東京」の無限ループ状態になった。それまではbump of chickenの「ひとりごと」とかバンプの曲ばかりだったのに、塗り替えられてしまった。(バカだねぇ)
何がこんなにいいのか!
感じてるものをむりやり言語化すれば、それは「叙情」だと思った。
この曲にある、胸をかきむしりたくなる叙情!

ほんとの岸田さんの書いた詩の中身が分かるかと言われると、自信がなかった。
簡単に「分かる」というのは、安易すぎると思うから。
(当然ながら、歌詞だけじゃなく、メロディーと演奏技術の合わせ技が生みだしてる)

でも、生まれた東京から、地方の大学へ進んで、東京の外から東京をみたこと。
よりどころのない土地で、一人暮らししたこと。
この時に持っていた、モヤモヤした感情は、この歌の中の本質とすごく共鳴したんだ。
そのことのほかに、自分が五行歌なり、文章なりで表現したいもの、詠いたいものも、まさしくこの「叙情」だと気づかされた。
こんなにも心を奪われ、揺り動かされるこの「東京」に秘められた「叙情」にやられたんだ。

自分もいろんなことを考えたり、思ったりするけど、そんなこと、うまく話せないし、話せる人もいない。
でも、歌や文章に書けば、誰か読んでくれる人がいるかもしれない。
そんなかすかな希望の光を持ちながら、いつも書いている。
話せないのに、書くのは平気なのは不思議でもあるけど。


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2016/01/05

2015年カウントダウン シルヴィ・ギエム ー ボレロ

昔、「愛と哀しみのボレロ」という映画を見に行った(はずだった)。
はずだった、というのも、私はその映画の途中、寝落ちしてしまい、ほとんど内容を覚えていなかった。
昨年東急ジルベスター(大晦日)コンサートとして、100年に1人の逸材、「バレエ界の至宝」と讃えられるダンサーの「ボレロ」がカウントダウンに選ばれTV放送すると聞いて、録画しておいた。
家のものとのチャンネル争いに負けたのだ。(後にライブで見なかったことが悔やまれる)
それくらいだから、特にバレエに詳しいわけでもなんでもない、ただの好奇心からの録画だった。

初めて見た、ギエムの身体は驚くべきものだった。
50歳と聞いたが、天性の骨格が、鍛え抜かれた筋肉に包まれて、細く、しなやかで鞭のような身体。
腕を振り上げる、脚を振り上げるだけで魔法にかけられたよう。
赤く丸い舞台で踊るギエムは、巫女のように見えてくる。

今でも、ふとした時に、ボレロのリズムが聞こえてくる。
まさに中毒性のリズム。
ジャンプ、弓なりのポーズ、全てに魅了された。
ご覧になってない方に、ぜひ紹介したい。

カウントダウンボレロ(YouTube)


他のダンサーのボレロも見比べて見て、それぞれの良さがあるけれども、ポーズの美しさは断トツである。
2014年に、50歳になる2015年に引退公演を決めたこと、華やかで個性的な経歴、知れば知る程魅力的な伝説のバレリーナであった。

シルヴィ・ギエムまとめ

年明けから毎日1回は見てしまうのであるが、この舞台、踊りはアスリートの演技に似ていると思った。
例えばフィギュアの羽生結弦の演技を見るような、技術力と表現力。
言葉を超えた身体をつかった表現の力に、言葉でないところで共鳴する。

ボレロのリズムのように、最初はギエムを、次はまわりの群舞を、その次はオーケストラの演奏を、集中をずらしながら、もう1回、もう1回と見返したくなる。

あまりに、言葉を失くして見つめつづけたからこそ、猛烈にこの紹介文を書きたくなった。
そして言葉を超えたコニュニケーション、表現に打ちのめされるのも、それはそれで至福だと思った。
時には言葉を捨てて、踊るが良い。
人が踊るのは本能。

ギエムのように踊ることはできないし、誰に見せるわけでもなくとも、自分の踊りを踊ることは大切だし、無くしたくないと思った。

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2013/08/22

台北旅行のアルバム

2013/08/14~17まで台北に夫と二人で旅行しました。
写真をアルバムにまとめたので、興味があったらのぞいてみてね。
デジカメで撮った写真と、iPhoneで撮った写真をまぜたら、デジカメは日本時間、iPhoneは自動で現地時間になって、写真の並びが時系列にならず。笑ってゆるして。

(撮影日を全部直したのですが、次へ、で見て行くと、31→26へ行ってしまいループしてしまいます。
サポートに問い合わせ中です。左の一覧からクリックしていただくと全部ご覧いただけます。
お手数をおかえしますが、よろしくお願いします。 2013/08/24追記)

次へ、や、前へ、のリンクの不具合の件、解消いたしました。アドバイスいただき、修正できました。
以前スムーズに見られなかった皆様、申し訳ございませんでした。m(_"_)m 2013/08/24追記


こちらから↓
台北旅行
http://shiduku.cocolog-nifty.com/photos/2013081417/index.html

※サイドバーからも飛べます。

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2013/06/09

Art on Ice inJapan !

本日、BSフジにて、6月9日(日)19:00~20:55 Art on Ice inJapanの録画放送があります!
Art on Ice inJapan とは、

世界的シンガーによるライブパフォーマンスにあわせて、 世界チャンピオンやオリンピックで活躍したトップスケーターたちが、 競技とは違った自由な表現で観客を魅了する、 世界最高のアイスショー (Art on Ice inJapanのhomepageより)

という、アイススケートファン垂涎のショウなのです!
そして私こちらの6月1日(土)国立代々木競技場 第一体育館へ夫と二人で見に行きました。(夫がチケットとってくれたものの、当日朝からの頭痛で、頭痛薬飲みながら必死で行ったのでした)
だって!

コラボシンガー、キャサリン・ジェンキンス、藤井フミヤ。
参加スケーター、荒川静香、安藤美姫、鈴木明子、サラ・マイヤー、
高橋大輔、羽生結弦、無良崇人、ステファン・ランビエル。
そりゃ、はってでも行くわさ。

ステージでは、キャサリン・ジェンキンスさんの歌声(めっちゃ美声&音域広!)が響いてたくさんのダンサー、(氷上にもダンサー)がパーフォマンスを見せてくれ、一般的なスケートメニューの他にもコミカルなものや、リボンをつかった空中ショウ、ペアやアイスダンスなど、最後まで楽しませてもらいました。
なんといっても、驚いたのはチケットが「アリーナS」だったのですけど、アリーナSSのひとつ後ろ、前列2番目だったんです! アリーナSもピンキリなのにめっちゃいい席で、二人でほんとかいな、と茫然とするくらい庶民なわたしたち。その後、アリーナSSとの差を最後に痛感するのですけどね・・・。

オープニングは、出場者&ダンサー全員でお出迎えスケーティング。
あ、あ、あだいちゃんがいるおー! とうるうるくる。
最初のスケーターは、鈴木明子さん。白いマントを脱ぐと、クジャクのようなあざやかなグリーンでキラキラの衣装、力強い滑りをほんとに目の前で見せてくれて。

わたくし、鈴木明子さんを見てるうちに、ぼろぼろ涙が出ました。
なんといううつくしさ。なんという残酷さ。
一生滑れる仕事ではないし、できなかったら干されるでしょう。ずっとたゆまぬ努力を積み重ね、かつ年齢や肉体との試練の中、彼女は滑ることを選んだんだ、と。
もう、泣けて泣けて。

このあとは、あとでBSフジをみていただくとして(手抜き)、特筆すべきは荒川静香さんの完璧さ。
このごろは解説者みたいになっていますが、やはり彼女はプロスケーターとして己を磨き続けていたんです。
ジャンプも2回飛んで、ノーミス。イナバウワーも体の柔らかさを見せつけてくれて、ショウとしてすばらしかった。
やっぱり金メダリストっていうのはすごい!

もちろん男子は魅力炸裂です。
大ちゃんはなかなかでてこなかったんだけど、結弦くんは2回でてきてくれました。ショートプログラムと、あとは藤井フミヤの歌う「True Love」にのせて。もう王子っぷりが完璧で。目が☆ですよ。あれ、ハートか。
フミヤさん思ってた通りだけど、もっと小柄で。だけど歌うまっ! 声よっ!

無良さんもなかなか男っぽいダイナミックな滑りで、結構好きです。若いし楽しみですね。

そして大ちゃん、もう、メロメロですよ。なんであんなにフェロモンがあるのでせうか。
色っぽいなんてもんじゃない。そしてちゃんとそれが武器って知ってるのよ。
観客アリーナSS正面の前で、留って、手をさしのべるのよ。キュン死レベルですわよ。
(この手のアピールは、結弦くんもちょっとやっていて、もうショック死しますわね。おほほ。)

いやはや、堪能しました。

あと面白かったのは観客のおきてっぽいもの。
演技中は、あまり騒がない。
演技が終わった後、スタンディング・オベーション。&「MIKI」とか「結弦」とか「大輔」という布を掲げる。
そして立ち去るとすみやかに座る。
海外の選手には、国旗を振っていましたね。
その行儀よさがとても上品だなーと思いました。

最後に、SとSSの差についてですが、ショーのフィナーレで、全出場者がリンクにでてきて、なんと一周握手というかハンドタッチしてくれるんです! SS(リンク最前列)の方だけ!
納得しましたねー。これが4,000円の差!

もう、キータッチ滑りまくりでお送りしました! すばらしかったです! 
いまは選手層が厚いので、ほんとに満足できました。(夫に感謝しないと。)

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2013/05/17

【読書ノート】原田マハ 『楽園のカンヴァス』

第25会山本周五郎賞受賞。帯には「それは真っ赤な贋作か、至高の名品か? 手に汗にぎる絵画鑑定ミステリー、若き二人の研究者の鑑定対決。リミットは7日間・・・・!」

ミステリ好き、絵画好きのわたしにとっては魅力的なキャッチ。カバー画はアンリ・ルソーの「夢」。
まさにこの「夢」とそっくりなもう一枚の「夢をみた」という作品の鑑定をめぐるいろんな人間模様と、ルソーへの愛が凝縮された傑作だった。

日本に二枚しかないエル・グレコの一枚を持っている大原美術館の監視員早川織絵が、MoMAのチーフ・キュレーターティム・ブラウンに「夢」を貸し出す交渉の窓口に指名されたところから物語が始まる。
少し前に見てきたばかりのエル・グレコ・・・MoMAはまだ行ったことがないけれどいつか行きたい憧れの美術館・・・。
ストーリーがすすむにつれ、読み手はパリの街角を散策し、若く貧しい画家たちのアトリエをのぞきこんでいるようにひきこまれていく。真実を語るのは誰か、絵画に対する情熱、正義、守るべきもの。
鑑定を依頼されたティムと織絵はさまざまな思惑に巻き込まれながらも、まっすぐに自分の信念の情熱を守り抜く。
読んでいて涙が止まらなくなった。
胸をこみあげるもの、ありったけの情熱を注ぐということ、傑作が生まれる奇跡のようなシュチュエーション。
体が震えた。
ほんとにありがとう。
また生涯忘れられない傑作に出会ってしまった。

人のこんなふうに何かを愛して、夢中になって、どうかなってしまうような状態っていったいなんていったらいいの? 愛なのか、情熱なのか、なにをあてはめても物足りなくて、叫びたい衝動。
たからもの。見えないたからもの。
何か。
胸のあたりからこみあげてくる何か。

とにかく素晴らしい本です! アート、ルソーやピカソに興味がある人はたぶんノックアウトされるでしょう。


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2013/02/09

El Greco エル・グレコ展

東京都美術館、エル・グレコ展に先日行ってきました。

エル・グレコは、本名ドメニコス・テオトコプーロス、1541-1614、16世紀から17世紀にかけて活躍し、ベラスケス、ゴヤとともにスペイン三大画家の一人に数えられる。(パンフレットより)

クレタ島出身であることから、古いスペイン語でギリシアの人=エル・グレコと呼ばれたらしい。本名1文字も入ってないという衝撃。
エル・グレコは、日本には岡山県倉敷市の大原美術館に『受胎告知』、これと国立西洋美術館にある『十字架のキリスト』の2枚しかないそうだ。それだけに、エル・グレコはあまり日本になじみがないかもしれない。ましてや、宗教画というジャンルそのものが敬遠されるかもしれない。

正直わたしもピンときてなかったのだが、夫がしきりに行きたがっていたので、スペイン三大画家だしいいかもと思ってついて行ったといういいかげんさだった。
まあ、しかし、これはいい意味で裏切られ、ほんとにおもしろい展示だった!

展示の前半は、肖像画が中心。彼はまず肖像画家として地位を得たらしい。
肖像画はごく一般的な構図なのだが、あれ? と思わせる。
肩のラインをまっすぐでなく、ちょっと変化をつけたり、手に表情があったり。
クレタからイタリア、スペインにわたって徐々にエル・グレコらしいダイナミックな構図が明らかになってくる。
とくに背景の描き方が、遠近法といっていいのか、奥の奥のその先まで描いて、主役を大きく浮き立たせる。

また絵がどの位置にかけられるか、見る人がどの角度から見るかによって変形する必要がある、という持論のもとに、下から見上げる祭壇画は、縦長にデフォルメされた構図をとる。それが、すごくダイナミックであり、うねるような流れを生み、高揚感さえ感じる。

正直に言ってしまうよ。なんかね、「漫画みたい!」と思ったのだ。
いわゆる劇画タッチなのだ。
わたしにはそれがエル・グレコの一番おもしろかった点だったのだ。
いや、これは褒めてるのだ。見る人を引き付けて、ドラマへ誘い込む。信仰という厳かさへと。

これは今回の展示の白眉、「無原罪のお宿り」サン・ニコラス教区聖堂蔵、サンタ・クルス美術館寄託、
縦347cm×横174cm、そそり立つような大きな絵画。パンフレットのコピーなので、両端はカットされている。
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右下の天使の足元からうねるようにせり上がる流れ、立体3D感覚の構図、きらめく光と影、圧倒的なすばらしさである。無宗教のわたしでも、ひれ伏したくなる。
これは、アンナが聖母マリアを身籠ったのは、原罪を免れた受胎だったというキリスト教義にもとづいた作品なので、鳩の精霊とたくさんの赤子の頭(命?)からマリアが下りてくるシーンらしい。
わたしも、絵の下でしゃがんで見上げてみたが、上からなのか下からなのかはよくわからなかった。
しかし絵画を流れている大きなうねり、エネルギー、浮遊感はじんじんと伝わる。

このようにエル・グレコの構図は、独自の三次元感覚と表現が秀逸。視線から構図を計算したように、非常に頭のよい人だったんだろうなと思う。
宗教絵画とあなどるなかれ。めくるめく三次元感覚に酔いしれるがいい!<何様?

上野、東京都美術館にて、4月7日まで。

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