2017/10/09

SONGS 小沢健二~今 僕が伝えたい音楽とことば~の衝撃

10月5日(木)第437回SONGSは、小沢健二~今 僕が伝えたい音楽とことば~だった。

SONGSサイトによると

今回出演するに当たり、小沢は「SONGS」スタッフと何度もディスカッションを行い、一夜だけのスペシャルなステージをプロデュース。まるで一つの劇場を作ったかのようなステージセットや、番組全体の構成、さらに観客にふるまう飲み物のレシピまで、全てに小沢本人の意向が反映された特別な内容となっている。

おそらく再放送の要望が殺到して、もう一度見られるチャンスもあるかと思うが、あまりに素晴らしかったので、内容や感想などを記しておきたい。
最初に、私は熱狂的な小沢健二信者というわけではなく、ものすごく彼に詳しいわけでもない。
あくまで一ファンの個人の感想であり、小沢健二(以下オザケン)の真意と違うのでは? という批判はご容赦いただきたい。

今年19年ぶりにシングルを発表したこと、音楽活動を本格化したことが告げられる。
そういえば、9月に新曲『フクロウの声が聞こえる』をリリース、SEKAI NO OWARIとミュージックステーション(テレ朝金20:00-)に出演して瞠目させられた。

時代の寵児となっていたとき1998年に日本での音楽活動を停止、ニューヨークに活動拠点を移し、結婚、2児の父親にもなっていた。
私は、彼のホームページをときおり覗いていた。
今回のSONGSは先に書いた通り、オザケンのプロデュースとのことで通例では一般の観客の前でパフォーマンスするが、オザケンの家族と友人を招待してのライブとのこと。
オザケンが、一番大切な人たちの前で一番伝えたいことをパーフォマンスした内容が、NHKで放送されたという贅沢な時間なのだった。

最初のモノローグは「文化が、町をつくる」。
ご自分の奥様はアメリカ人とイギリス人のハーフなので、お子様はアメリカ人と日本人のハーフ(ダブル)。そのお子さんが自動販売機を不思議なロボットとして受け止めている。
お金の入っているロボットが国中に立っていて、それを盗む人がいない、日本の町。それを作っているのが人々。

「人々の驚くべき文化が驚くべき町を、都市をつくっている」

彼の考えは、子どもを持ったことで大きく影響を受けたと見受けられる。何も持たずに生まれ、命だけの力で生きている塊。生き物としての食べること、眠ることのシンプルな意味、価値感。
アメリカの銃社会から、お金の入った機械が平気で放置されている驚くべき日本へ。
その日本の価値を再認識し、それを私たちにフィードバックしてくれる「スーパーヒーロー」として日本に帰って来てくれたのではないか。

1曲目:シナモン(都市と家庭)(2017)
オザケンが昔から大切にしているテーマと、今のテーマの融合をみた。

モノローグ2:「三割増し」〜自分の過去について
 SONGS制作チームから、「なぜ芸能界から姿を消したのか」について語ってほしいというリクエストに、モノローグで答えた。
 一般に人が自分をよくみせようとする真理。SNS映えを意識した行動。自分の過去を三割増しで語ってしまうことへの危惧。 現在というものに、過去の姿を一瞬で見せる力がある、と語ったうえで、「現在の自分の眼にみえるものを報告した方がいい」と考えたと語る。それが過去の自分を説明する、と。

2曲目:天使たちのシーン(1993)feat.(Tp)タブゾンビ
3曲目:「愛し愛されて生きるのさ」(1994)feat.(Tp)タブゾンビ

 この曲が演奏された意味について、これは今と変わらない価値観として選ばれたのではないかと思った。
 悩めるときに未来へすすめる魔法は愛し愛されることだし、家族や友人とうつくしい浜辺を歩くことが大事だし、突然深夜に会いたい思って走って会いにいってしまう人が必要なんだよ。

モノローグ3:身近で本当の話がしたい
 日本人が何年も英語を勉強しているのに、英語がしゃべれないというテーマから、「間違える力」の必要性を説く。今の日本に足りないものをじっと外から見ていたオザケン。

4曲目:流動体について(2017)
 ああ、そうだったんだ。そうだったんだね。モノローグを聞いて、なぜこの曲を書いたかわかったよ。
一番大事なフレーズだから特異なメロディにしたんだね。
セットのしかけの最高なところは、ぜひ再放送で?!

オザケンは、言葉で都市を、人を文化を作りたいんだ。
日常の人たちの良心を信じて大切にして、それがそういうものを作っていくってことを伝えたいんじゃないかと。

モノローグ5:なんでもない日本と(いい意味で)とんでもない日本。
 ダブルにみえる東京を昔は見えなかったこと、今は見えるその姿を音楽やことばで綴りたいという宣言。
 素晴らしいメッセージをありがとう。

過去の旅も、結婚も、子育ても、アメリカでの生活もぜんぶ重ねて融合して、今の道を作ってきたんだね。
さあ、一緒に歩こうか。
オザケンのいる東京を。  


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2016/09/30

おかえり、宇多田ヒカル

およそ6年ぶりに活動再開した宇多田ヒカルが、9月22日放送NHKのSONGSに出演した。
結婚(再婚)し、出産もしたと聞く。
その番組の、インタビュー映像の中で彼女が「母の死」を乗り越えたことについて語っていた。

「花束を君に」を朝ドラのテーマソングで初めて聞いたとき、これは母・藤圭子に捧げた曲だとすぐわかった。
歌いだしが、死化粧だったから。「これが朝ドラのテーマ?」と正直ちょっとぎょっとした。
今朝、その朝ドラ「とと姉ちゃん」の中で、花山が亡くなった。
ここに、「花束を君に」の曲が重なって、ああ、こういうつながりだったんだ、とはじめて腑に落ちた。

結婚や出産していなかったら、まだ立ち直れていなかったんじゃないか、と。
自分の子をもって、母との関係性をあらためて教えられたようだった。

インタビューをした糸井重里が、「詩が変わった」と指摘すると、それが一番変わったと本人も認めていた。
強がりキャラを通してしか、表現できなかったのが、それがいらなくなった、と。

SONGSで宇多田ヒカルの新しい曲を何曲か聞いた。
そうね、本当に素直。直球になった。

「宇多田ヒカル」というキャラと、自分とのギャップに苦しんだり、日本にもアメリカにもしっくりこないアウトサイダーだったり、その苦しみと、その中で身もだえるユーモア。
それは確かに魅力的だったんだ。

新しく私たちの目の前に現れた彼女は、いろんなものを捨て去って、すっと立っていた。
やっとここにきたんだね。
これたんだね。

今の君もだいすきだよ。
おかえり、宇多田ヒカル。

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2016/09/18

くるり 「東京」の衝撃

9月9日(金)私が毎週楽しみにしている、生放送の歌番組「ミュージックステーション」(Mステ)に「くるり」というバンドが出演した。
くるり結成20周年記念オールタイムベストアルバム『くるりの20回転』が発売になることと、そのベストにメジャーデビュー曲の「東京」が入っていることから、この日のパフォーマンスになったのだろう。

くるりの曲は、ボーカルの岸田繁さんが書いてること、3人くらいのロックバンドなことくらいしか知らなくて、思えばまともに曲を聴く機会がなかった。
すっかり大人の顔になり、ベースの佐藤さんは白髪になり、曲を聴き始めた私は、すっかり魅了されてしまった。
ああ、なんてすごいんだ!
終盤の佐藤さんの「パーパーパッパパー」のコーラスも驚きをもって聴き入った。

その後youtubeで10年前の音源を見つけ、何度も聞いた。
ああ、でもなんかね、負けてないよ。今も。

私の脳は、しばらく、「東京」の無限ループ状態になった。それまではbump of chickenの「ひとりごと」とかバンプの曲ばかりだったのに、塗り替えられてしまった。(バカだねぇ)
何がこんなにいいのか!
感じてるものをむりやり言語化すれば、それは「叙情」だと思った。
この曲にある、胸をかきむしりたくなる叙情!

ほんとの岸田さんの書いた詩の中身が分かるかと言われると、自信がなかった。
簡単に「分かる」というのは、安易すぎると思うから。
(当然ながら、歌詞だけじゃなく、メロディーと演奏技術の合わせ技が生みだしてる)

でも、生まれた東京から、地方の大学へ進んで、東京の外から東京をみたこと。
よりどころのない土地で、一人暮らししたこと。
この時に持っていた、モヤモヤした感情は、この歌の中の本質とすごく共鳴したんだ。
そのことのほかに、自分が五行歌なり、文章なりで表現したいもの、詠いたいものも、まさしくこの「叙情」だと気づかされた。
こんなにも心を奪われ、揺り動かされるこの「東京」に秘められた「叙情」にやられたんだ。

自分もいろんなことを考えたり、思ったりするけど、そんなこと、うまく話せないし、話せる人もいない。
でも、歌や文章に書けば、誰か読んでくれる人がいるかもしれない。
そんなかすかな希望の光を持ちながら、いつも書いている。
話せないのに、書くのは平気なのは不思議でもあるけど。


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2013/06/09

Art on Ice inJapan !

本日、BSフジにて、6月9日(日)19:00~20:55 Art on Ice inJapanの録画放送があります!
Art on Ice inJapan とは、

世界的シンガーによるライブパフォーマンスにあわせて、 世界チャンピオンやオリンピックで活躍したトップスケーターたちが、 競技とは違った自由な表現で観客を魅了する、 世界最高のアイスショー (Art on Ice inJapanのhomepageより)

という、アイススケートファン垂涎のショウなのです!
そして私こちらの6月1日(土)国立代々木競技場 第一体育館へ夫と二人で見に行きました。(夫がチケットとってくれたものの、当日朝からの頭痛で、頭痛薬飲みながら必死で行ったのでした)
だって!

コラボシンガー、キャサリン・ジェンキンス、藤井フミヤ。
参加スケーター、荒川静香、安藤美姫、鈴木明子、サラ・マイヤー、
高橋大輔、羽生結弦、無良崇人、ステファン・ランビエル。
そりゃ、はってでも行くわさ。

ステージでは、キャサリン・ジェンキンスさんの歌声(めっちゃ美声&音域広!)が響いてたくさんのダンサー、(氷上にもダンサー)がパーフォマンスを見せてくれ、一般的なスケートメニューの他にもコミカルなものや、リボンをつかった空中ショウ、ペアやアイスダンスなど、最後まで楽しませてもらいました。
なんといっても、驚いたのはチケットが「アリーナS」だったのですけど、アリーナSSのひとつ後ろ、前列2番目だったんです! アリーナSもピンキリなのにめっちゃいい席で、二人でほんとかいな、と茫然とするくらい庶民なわたしたち。その後、アリーナSSとの差を最後に痛感するのですけどね・・・。

オープニングは、出場者&ダンサー全員でお出迎えスケーティング。
あ、あ、あだいちゃんがいるおー! とうるうるくる。
最初のスケーターは、鈴木明子さん。白いマントを脱ぐと、クジャクのようなあざやかなグリーンでキラキラの衣装、力強い滑りをほんとに目の前で見せてくれて。

わたくし、鈴木明子さんを見てるうちに、ぼろぼろ涙が出ました。
なんといううつくしさ。なんという残酷さ。
一生滑れる仕事ではないし、できなかったら干されるでしょう。ずっとたゆまぬ努力を積み重ね、かつ年齢や肉体との試練の中、彼女は滑ることを選んだんだ、と。
もう、泣けて泣けて。

このあとは、あとでBSフジをみていただくとして(手抜き)、特筆すべきは荒川静香さんの完璧さ。
このごろは解説者みたいになっていますが、やはり彼女はプロスケーターとして己を磨き続けていたんです。
ジャンプも2回飛んで、ノーミス。イナバウワーも体の柔らかさを見せつけてくれて、ショウとしてすばらしかった。
やっぱり金メダリストっていうのはすごい!

もちろん男子は魅力炸裂です。
大ちゃんはなかなかでてこなかったんだけど、結弦くんは2回でてきてくれました。ショートプログラムと、あとは藤井フミヤの歌う「True Love」にのせて。もう王子っぷりが完璧で。目が☆ですよ。あれ、ハートか。
フミヤさん思ってた通りだけど、もっと小柄で。だけど歌うまっ! 声よっ!

無良さんもなかなか男っぽいダイナミックな滑りで、結構好きです。若いし楽しみですね。

そして大ちゃん、もう、メロメロですよ。なんであんなにフェロモンがあるのでせうか。
色っぽいなんてもんじゃない。そしてちゃんとそれが武器って知ってるのよ。
観客アリーナSS正面の前で、留って、手をさしのべるのよ。キュン死レベルですわよ。
(この手のアピールは、結弦くんもちょっとやっていて、もうショック死しますわね。おほほ。)

いやはや、堪能しました。

あと面白かったのは観客のおきてっぽいもの。
演技中は、あまり騒がない。
演技が終わった後、スタンディング・オベーション。&「MIKI」とか「結弦」とか「大輔」という布を掲げる。
そして立ち去るとすみやかに座る。
海外の選手には、国旗を振っていましたね。
その行儀よさがとても上品だなーと思いました。

最後に、SとSSの差についてですが、ショーのフィナーレで、全出場者がリンクにでてきて、なんと一周握手というかハンドタッチしてくれるんです! SS(リンク最前列)の方だけ!
納得しましたねー。これが4,000円の差!

もう、キータッチ滑りまくりでお送りしました! すばらしかったです! 
いまは選手層が厚いので、ほんとに満足できました。(夫に感謝しないと。)

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2012/04/04

Raining

春の光を見ていると、いくつかのメロディが頭の中でリフレインする。
ふと口づさんでる。
たとえば、松任谷由実『春よ、来い』、スピッツの「春の歌」。
そして、Coccoの「Raining」

Cocco/Raining short Clip
最初にどこかで耳にしたときは、さびのところだけで、心を奪われて、誰の曲なんだろうと思っていた。
後で全部の歌詞を知って、ぎくっとしたけれどこの曲の包み込むような優しさの魅力が褪せることはなかった。

この曲を何度も聴きたくなるのはなぜなんだろう、とぼんやりおもう。

苦しんでいる誰かを救えるとしたら、ぎりぎりの淵に立つだけじゃなくて、同じどっぷりおぼれている人が言ったこと、そこで掴んだ希望なのじゃないかな。

雨なら泣けたのに、泣きたい今日は晴れている。

でもね、晴れていても、ほんとに泣く力が勝っていたら泣くんじゃないかな。
晴れていることで、身体のどこかが喜んでいて、そう、たとえば花のようにね。
そんな自分を見つけたら、生きていけるって思えたのかもしれないね・・・。

高村光太郎の詩に「最低にして最高の道」っていうのがあって、初めて読んだとき感動してノートに書いた。
何もなくしても、最低にして最高の道があるって信じられたら、自分を再生できるんじゃないかな。
がけっぷちもこわくなくなるんじゃないかな。

うんうん。

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2012/03/21

鼓の呼吸

20日はワセオケ第193回定期演奏会、今回の会場は六本木のサントリー大ホール!
2月から3月のヨーロッパツアー総決算と、卒業する4年生最後の舞台ということもあり、ホールも一流♪

開場時刻になると、正面扉の上部の板が開いて、オルゴールが流れるのね~♪
ぼーと見ていたら、閉じてしまって、あれ、あのときだけだったんだ! と写真取りそこねてちょっと残念。

パンフレットには、曲目変更とあり、
R.シュトラウス アルプス交響曲 作品64
R.シュトラウス 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28
1曲めも別のシュトラウスの予定だったが、代わりに三曲目として、由谷一幾「和太鼓と管弦楽のための協奏曲」となっていた。
これは、ベルリン公演で好評だったため、その成果を披露するという意味で変更になったもの。

アルプスもいたずらもすばらしいのだが、けっこう何回か聞いていたので、新鮮味という意味では最後の和太鼓がすばらしかった。
今回座席がバックヤードのA席で、見下ろすとオケの後ろ。指揮者の表情はよくみえる。いつも奥まっているパーカッションが目の前。大太鼓もすぐそこにあった。
指揮者の横に、2人の奏者がいて、それぞれ和太鼓の小さいのが3つほど、そのほかに縦置きのたいこが2-3個あった。こちらはOB、OGだったようだ。
後方のパーカッション部隊も、鉦やすずやら、和風な楽器に持ち替えて、もりあげていた。

大太鼓の演者というのは、指揮者にも他の演奏者にも背中を向けてばちをふるう。
全身で音やリズムを聞いて、大きな曲の流れをひっぱっていく。
遠くに仲間の小太鼓の音がして、それがリレーのように、信号のように、別の鼓の振動に受け渡されてゆく。

太鼓の音というのは、身体が反応する。弦の音では揺れないスイングが自分の中に生まれる。
下町っ子の血なのか、そもそも日本人のDNAなのか。
オーケストラをひっぱっていく太鼓が、めっちゃかっこよくて、ほれぼれした。

演奏が終わって拍手を何度も繰り返す間、ソロパートでがんばった人が立って喝采を受けるシーンがあるのだけど、他の仲間も力いっぱい拍手しているのね。その表情が今回すごくわかった。
全部の演奏が終わった後も、パート仲間と握手している人がいた。
もしかしたら、4年生なのかもしれない。いろんな思いがこみ上げているんだろうなと見ていて思った。
バックヤードもたまには悪くない。

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2012/01/15

東京事変が解散と聞いて

東京事変は、椎名林檎を中心に結成された、5人組みロックバンド。2004年から活動を初めて、今年の閏日(2月29日)をもって突然の解散を発表したことが話題になっている

椎名林檎が好きなので、東京事変も好きだった。東京事変のバンドとしてのわたしのイメージは、かっこよくて退廃的でちょっとレトロで、きらきらととんがってた。
2月29日に武道館を押さえて、TV出演やアルバムも出してというタイミングは、ずっと前から決まっていたんだろう。

そしてそれは、震災と関係してるような気がしてならない。(勝手な想像ですけど)

去年の紅白で、椎名林檎は、NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」の主題歌を歌った。その曲の依頼の際、「元気がでるような曲」と言われたのに「震災のことなど考えると、単に明るい歌は作れなかった。・・・寄り添えるような曲にした」というようなコメントを話していた。

日本が元気で、豊かな人たちがいて、恵まれない人がいて、そんな状況から生まれる反逆ってあるけど、いまはみんなが哀しくてしおしおしていて元気な人があまりいなくて。
そんな場所での「退廃・アンニュイ」はもう時代に合わない。いや合わないんじゃなく、普通すぎて薫らない。
アバンギャルドがとる道は、もうそこにはないような気がした。

だから、解散がわたしにはさびしいけれどとても腑に落ちた。

いつかまた、思い切り退廃をやれるような平和の日まで、さようなら。Von Voyage.


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2011/12/03

オーケストラ鑑賞ことはじめ 2011/11/30

娘が大学のサークルとして、オーケストラに入ったことをきっかけに、私のオーケストラ鑑賞(クラッシック鑑賞?)、をはじめました。まだ新入部員なので演奏会には参加できませんけど、いろいろお知らせをもらったり、無料演奏会とか見に行くようになり、やがて、チケットノルマなどもあり、先日は本格的な定期演奏会へ行ってきました。

これを期にちょっと勉強というか、いろいろ背景も知るとより楽しいかなと思い、行くたびになにか書いてみようかと思いました。
今回の演奏会は、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が作曲した曲をもとに構成されていました。

1)歌劇「グントラム」序曲
2)アルプス交響曲 作品64
3)ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら 作品28
4)ホルン協奏曲第一番 変ホ長調作品11

2、3、に関しては、少し前の演奏会でも聞いた作品でした。アルプス交響曲は、50分もある大作で、今年一年オーケストラで力をいれて取り組んでいる作品とのこと。
オーケストラというのは、司会者等はいなくて、あいさつとかもなし。指揮者が出てきて、いきなり演奏がはじまる。
何の曲かは、パンフレットに書いてあるので説明がいらないということなのかな、けっこう最初はめんくらった。

曲名からイメージがあるていどわくのだけど、音からもいろいろイメージがわく。
アルプス交響曲は、暗いうちから山を登って、草原や氷河、嵐にあって、やがて夜へという一連の流れがあるのだが、そのときどきでいろんなおもしろ楽器を使って、舞台の効果音みたいな演奏になる。
こだまの立体感を出すためか、バックヤードからも演奏が聞こえる。

愉快ないたずらは、軽妙で明るいリズム。聴いていても楽しくなる曲。でもあとでパンフレットの曲紹介をよく読むと、最後は絞首刑になるらしい。意外とこわい。

最後のホルン協奏曲は、今回の目玉、ソリストとしてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ホルン奏者シュテファン・ドール氏を迎えて素晴らしい音が聞けた。彼は燕尾服をまとって、指揮者の横に立ち、ホルンを掲げてすべて暗譜で演奏した。指揮をみて、オーケストラをみながら絶妙のタイミングでやわらかく入ってくる。音色もやさしく力強く、高く低く音域が広くてさすがとしかいいようがない。
彼一人の演奏がこうなのだから、ベルリン・フィルの演奏とはいかに。思わず誰しも聴いてみたいと誘われる。

今回、前から4列目で前にいるバイオリンとか弦のパートがよく見えたのだが、弦は休まない!
弦楽器というと、お嬢様、おぼっちゃまが趣味で弾くイメージ(ごめんなさい)だったのだが、とんでもない!
メロディラインを弾かないときも、細かい音を伴奏するし、ほとんど腕をあげっぱなし。気力体力集中力の凄さに認識を改めた。そんな生易しいものではなかった。

知らなかったことや、気がつかなかったことがいろいろあって、とにかく素晴らしかった!
こんな演奏がわが子もできるようになるんだろうかと、大いに不安に思いつつも、心から素晴らしいと思った。
自分のカテゴリーにはない経験だったが、これからも楽しみたいと思います。

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2011/08/27

転んでもいいのだ・・・ドリアン助川さんライブ

8・26(金)に新宿5丁目のLEFKADAへ、「ドリアン助川のザ・授業」東北詩人列伝 草野心平編~パティ・スミスも登場!転んでも泣くな というライブを聴きに行きました。会場は地下だったため、興奮のツイートが全然できなくてしょんぼり。

ドリアン助川さんは、叫ぶ詩人の会のボーカルで作詞作曲をしていた人で、そのCDを聞いて、その詩に心を射抜かれてから、ずっとひっそりファンだったのでした。
いつだったか、枡野浩一さんと一緒のライブ(追記:2006年8月南青山)にも行きましたが、その日も豪雨でした。
金曜日には、都内大雨洪水注意報がでていましたが、幸い夕方には雷が止んで雨もそう強くなく無事行くことができました。

ライブハウスLEFCADAは、椅子席80ほどでしたが、かなり満席でした。
舞台はシンプルにマイク一本。白いバックスクリーンに照明器具。
開始時間を10分くらい過ぎたとき、ドリアン助川さんが、白いアフロヘア、アルルカンの衣装と、メイクで登場しました。

アルルカンとピエロの違いは、おしえてgooにあったんですけど、

アルルカンは元々、16-18世紀イタリアで流行した即興仮面喜劇に登場する道化役のことでした。
一方ピエロは、フランスの無言劇に登場する男役のことです。

つまり、歌ったり語ったりするのは、アルルカンなわけです。

歌ではじまり、きさくなトークがあり、ラジオで人生相談している話になり、
かえるさんから相談のはがきが来て、それにこたえるコーナーがありました。
(草野心平は、かえるの詩がとても有名なので、その伏線らしいです。)

75歳のなんとかかえるさんは、犬を飼っていいものかどうかの相談。
自分より先に死んでしまう、でもさびしくてしかたがない。
一人娘のたまこさんは遠くに住んでいる。
どうしたらいいかと聞く。
ドリアンさんは、答えます。「飼いましょう。今のままではさびしくて死んでしまいます」

かえるさんは、人間社会にもそこここにいるようなかえるさんで、いまの時代を反映するような悩みを抱えていて、
おかしくて、ちょっとほろりと苦くて。
相談の中で、照明が変わると、詩の朗読になったり歌になったり。
シュルーゲルアオガエルのるりる?さんは昼はいい池で働いているそうですが、夜になるとさみしくてしょうがないといいます。どこかに行きたい、誘拐してくださいと相談があり、るりるさんと穴に入って(タイムマシン?)に乗り世界を旅することになります。

休憩中に、パティ・スミスのベルリンライブ映像が流れた。その間約10分の休憩。
なぜ、パティ・スミスなのか。それはパティ・スミスが、

スミスが舞台で詩を朗読し、そのバックでケイが音楽を演奏するスタイルで活動をし始める
Wikipediaより

そう、ドリアンさんのように、詩の朗読と音楽というスタイルを作ったのが、この人、このグループらしいのです。

るりると旅は続いて、日本に帰りたいと願って穴に入った二人が目にしたものは、福島の原発の現場だった。
ゴミだらけで殺人が世界一多いナポリや、地雷のうまったカンボジア。麻薬と音楽、崩壊するベルリンとずいぶんひどいところを回ってきたけど、そこには人がいた。
この福島には、人がいられない場所になった、と。

そう、草野心平は、福島いわきの出身だったのです。

さまよう二人が草野心平の詩集を拾ったところから、授業?が始まります。
バックのスクリーンに「年表」が映しだされ、彼の苦労の多い人生が見渡せました。
さまざまな職業について、お店(居酒屋系がなぜか多い)を開いては、つぶして、新聞社のようなまともなところに勤めたと思ったら、やめて、それでも子どもは増え続け、自費出版を続けて。

財産を没収されたり、火事でなにもかも失い、親兄弟も何人も見送り、それでも彼は詩を書きつづけて、70過ぎて毎年一冊詩集を出すと決め、亡くなる一年前までそれは続いた。

ドリアンさんはいいます。
「金持ちとか、成功した人の話なんか聞きたくない。こんな年表を眺めながら、ウィスキーをちびちび飲むのがいいんだ」と。彼もまた迷い続け、さまよい続ける詩人でした。
なんどもくじけそうな心を支えながら、自転車で多摩川をいったりきたりしながら、凡人と天才について考えながら、自分の生き方を探している一人です。

草野心平は、凡人で天才だと。凡人は生き続けることだと。
生き続けることが作品だと。

ドリアンさんの歌を聞きながら、彼の持っている苦しみが伝わってきて、それは自分の問題でもあって、小さな詩を書く私にとっても、これでいいのかと思い続ける。
そのまだ考えの途中だけど、結論とかじゃないちょっとした決心のようなものが、すごくわかって、あたしもがんばろうって思えたんだ。

終わった後、CDを買うとサインをくれると聞いて、サインしてもらって握手してもらった。
「ドリアンさんに戻ったんですか?」と聞くと、
「両方使ってます。執筆は明川名で、ライブは、ドリアンなんです」とおっしゃっていた。
感動しました、と伝えたけど、ほんとはもっといろんなものをもらったんですよ。
とここにひっそり記しておきます。

ありがとうございました。
もちろん、生き続けようと思います。

Srimg2923_2

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2009/07/31

7月のおわりに。

今日のMステは出演者の個性がおもしろかった。

AquaTimes キーボード女子、うまっ!
いつも笑顔が印象的だったけど、今日は音がたっていた。

黒木メイサ めちゃツンデレ。堂本光一ファンをすごく敵に回したんじゃないかと心配になる。
でも美しいものの特権なのか。豹のように魅力的だ。
頭もよさそう。

ゆず。ああ、北川さんってなんでこんなキャラに?

いろんなゲストがパーフォマンスしたり、話している様子をうしろで見ているUAの静かな目が印象的だった。
見られてるんじゃなくて、静かに見ている目。
そして彼女は、見せるのではなく、聴かせるために歌った。

7月が終わる。
ほとんど風邪との闘病で終わる。
マスクをしたまま演劇を見て、買い物に行った。

O・ヘンリを読み返していた。1と2と3と。
ぼろぼろに古い文庫なのに、この普遍性はどうだ。
演劇で見た「赤ひげ」にもはや共感はなかったけれど、O・ヘンリの人間模様にはそれがある。
ほろ苦いものがたり。
人間はいつだってほろ苦い。だから愛しい。

 

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