【写真展】荒木経惟 「センチメンタルな旅 1971-2017-」
東京都写真美術館、総合開館20周年記念の展示会は、荒木経惟の妻「陽子」をテーマにした作品展だった。
荒木経惟、通称アラーキーの写真は、いろんなテーマがあるがやはりヌード写真の印象が強い。
女の裸に対する男の欲情は、女のわたしにはわからないんだろうなと思う。
でも、アラーキーの妻陽子さんの写真は昔から好きだった。陽子さんが早逝したことも、大変うつくしい人だったことも知っていた。今回、陽子さんの展示だったから、これはいかねば、と思った。
最初のプロローグと、センチメンタルな旅のコーナーは、二人が恋人だったころから新婚旅行の写真によって綴られた写真群。
若き日の陽子さんが、私の印象をくつがえすようなまなざしで驚く。
なんというか、まるで捨て猫みたいなのだ。
あんたを信じていいの? あたしを好きなの? とカメラを睨み付けてくる。
これが恋人同士の、妻の写真なんだろうか。
それくらい、陽子さんはびりびりにとがっていた。
陽子のメモワールは、1960年代から80年代の一番輝いている陽子氏のポートレイトがひしめく。
うつくしくてエロチックで魅力的だ。
一番の圧巻は、静かな「冬の旅」という陽子さんの最後の誕生日、1989年5月17日から、闘病生活から亡くなる1990年1月27日、葬儀後の2月1日までの日付入りの写真たち。
仲間たちとおどけた誕生日パーティーに死の影はない。
しだいに病室らしい写真、握り合う手、空、と日付が進んでいく。
それが、怖くて切なくて、観ていて、体に鳥肌と震えがきた。
まるで抽象画のように、写真は一部しか映してないのに、心が伝わる。
風景の一枚が、限りなく悲しくて。
納棺され、あふれんばかりの花の中瞑目する陽子さんは、若くうつくしすぎた。
葬儀を終えた夫の様子、誰もいない空間。
嗚咽をかみころした。
写真で、こんなに感情を揺さぶられたのは、初めてかもしれない。
遺作空2、はアラーキー自らに忍び寄る死の影を表現したものという。
モノクロの空の写真に、鮮やかなアクリル絵の具が踊る。
色彩も形も、みごとな心象風景となって、手法の斬新さもあり、とても印象的だった。素晴らしかった。
心の揺らぎ、葛藤、屈折が、ぐいぐいとした線に託されていて。
三千空は、自宅のバルコニーから撮影された空の写真をスライドショーとして映像で流していた。
同じ屋根や同じ木々のシルエットをフレームにして、空はさまざまな色や形を描く。
ひとつところにいても、こんなに素晴らしいものに出会える。
あなたは、気がついているのですか? と問われている気がした。
同時に最愛の妻を失い、どこへも行けずひたすら空を眺めているアラーキーの姿も目に浮かぶよう。
空の変化が、彼を再生させたのだろうか。
家族の一員の愛猫、チロのポラロイド写真200点。
ほとんどが、チロの顔のアップ。顔から、いろんな表情をくみ取ろうとしたのかな。
またチロはなんとなく、陽子さんにも似ているようだ。
やせ細った体といい、媚びない表情といい。
そのほか、古き昭和の東京の風景が切り取られた写真もよかった。
生活のにじみでているもの、古びているもの、人間の臭いがするものがちゃんとすくいあげられている。
今は誰でも気軽に写真を撮ってアップできる時代。
しかも簡単に加工までできる。
だけど、ここで見たアラーキーの写真は、ネットで見かけるいわゆる「見栄えのいい」写真とは全く異なるものだった。
もっと生々しくて、人間くさくて、温かいものだった。
そして写真の中から、多くの心象風景を語り掛けてくるものだったんだ。
わが愛、陽子。
愛の記録だった。
恵比寿ガーデンプレイス内 東京都写真美術館
9月24日(日)まで。
めちゃくちゃおすすめです。
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