【読書メモ】 平野啓一郎 『マチネの終わりに』
久しぶりに純粋な恋愛小説を読ませてもらった。
読み終わったときに、虚脱感と、全身に血が巡るような温かみ。
その夜は、パソコンもスマホも開かなかった。
(===結末、ネタばれはいっています。ご注意ください===)
最初読み始めたら、なんとなく時間の流れ方とか、海外の舞台とかが『冷静と情熱のあいだ』に似てる話だなと感じたが、読み進めるうちに、それは忘れた。
藤野聡史 38歳 (天才)クラシックギタリスト
小峰洋子 40歳 フランス通信社記者(婚約中)
コンサート後の知人の紹介で出会った二人の一目ぼれから始まる、ロング・ロング・ワンダリングロード。
物語の舞台は、東京、パリ、ニューヨーク、ジュネーブと華やか。バックミュージックはクラッシックの名曲。
お膳立てはばっちりなのだが、描かれるのは真摯で周りを思いやり、うぬぼれない大人の恋愛なのだ。
魅力的な二人の周りの登場人物の苦悩。マリアになれないマルタの苦しみ。
逸る心をぶつけるような、若い恋とは違う、揺れながらゆっくり熟していく魅力にあふれている。
この小説は、二人の恋愛が中心だが、その中にクラシック音楽の興味、イラク情勢、難民問題、金融経済についての考察が、日常の中にたくみに描かれて、話に厚みを持たせている。多くの時間、取材や調べものをされたんだろう。わかりやすいように、的確に書かれているのは、作者の知性そのものだ。
のちに蒔田の妻となるマネージャーが、二人を引き裂く嘘をついたことで、一度決別を迎える。
それぞれの人生を立て直すため、もがく蒔田と洋子。その姿さえうつくしい二人である。
主なあらすじだけをたどると、うすい恋愛小説になってしまうのだが、これは違うのだ!
それは先に書いた、作者が何重にもめぐらした、主旋律にからむ「副旋律」の絶妙さからくるものだ。
主人公が才能があり、魅力的なうえに、努力家で愛について真摯で、自分の仕事についてまじめに取り組んでいるから、からかいの言葉を挟む余地がない。
=== ネタバレ ===
学生時代からのフィアンセと結婚し、一児をもうけたものの、離婚した洋子。
失意の後、長く活動を支えた妻と結婚し、やはり女の子をさずかった蒔田。
ニューヨークの蒔田のコンサートを見に行った洋子を、見つけた蒔田は、二人の思い出の曲をアンコールに弾く。
ラストシーンは、セントラルパークの池のほとりで、お互いを見つけた場面。
これからどんな会話がなされるのか。
二人の未来、過去がどうかわるのか。
作品中何度となく表れる、呪文のことばを唱える。
未来は常に過去を変えている
作者は描かないでおいてくれた。
読者がどうあってほしいか、どう想像するかに任せてくれた。
それは、蒔田の夫としての誠実さを守ることであり、二人の愛の成就を願いそれが叶うカタルシスを守ることでもあった。
平野さん、ありがとうございました。
素晴らしい作品でした。5つ★献上。
#マチネの終わりに
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