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2015/09/21

あの日のこと(1)

8月7日(金)
  私は翌日のこもろ13周年記念歌会に参加すべく、東京駅に向かっていた。
朝からバタバタしていたので、携帯をチェックすることなく、電車の中でふとみると、父のホームからの不在着信、母からの不在着信、姉からのメールでいっぱいになっていた。
まずメールから確認すると、父が肺炎で入院したという。
母からの留守電を確認すると、ホームへ行ってくれないかとの伝言。
新幹線の乗車まであと小1時間、行けるのか。
とりあえず、母、姉、ホームから病院まで電話をかけまくり、一応、母と姉は土曜日、日曜日に行くということになった。姉からは、ずっとメールが入り続け、ホテルに帰ってからもメールでやりとりして、なんとかなった。
歌会は、とても楽しく、みなさんの温かい心をおみやげにして、小諸をあとにした。

8月9日(日)
日曜日、父の入院した病院へ向かう。酸素マスクの下で、意識はなんとかあるものの、ややぼんやりしている。
それでも低かった血圧は戻ってきてる。手をにぎるとすごい力で握り返す。
ときどき苛立つので、歌を歌ってあげると、落ち着いてきた。
大好きな「青い山脈」では、一緒に口ずさむ様子もあった。
誤嚥性肺炎とのこと、「いつ何があっても不思議はないので、ご家族は覚悟しておいてください」と医師から告げられた、と母がいう。思ったよりは落ち着いていたので、あとは行ける日はなるべくお見舞いへ通おうということになった。

8月15日(土)
  姪の子も一緒に6人で見舞い、叔母2人と従兄弟、従姉妹も来てくれていた。

8月22日(土)
  母は平日にもお見舞いしたようだが、私は土曜日のたびに見舞う。

8月24日(月)
  いつものように仕事をして、夕方携帯に病院からの連絡が入る。
父が危篤だと。どうしますかと聞かれたので、今から向かいます、と答える。母と姉に連絡すると、一緒に行くという。平日6時過ぎの電車は、帰宅ラッシュで混んでいて、高齢の母も座れず可哀想だった。
無理に連れてこなくてもよかったのか、どうなのか、と思いながら、電車に揺られていた。
(つづく)

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