南桂子展 船の旅 ~ 詩と童話と版画の世界
その人は掃除しながら横目で見ていた日曜美術館で紹介されていた。
銅版画家、南桂子。
夫の浜口陽三氏の陰に隠れた存在だった彼女の作品が、生誕100年(2011年)を期に注目を浴びているという。
浜口氏といえば、真っ暗な画面にさくらんぼやスイカが浮かんでる作品など、どこかで目にしているが、南桂子さんの作品を見るのは初めてだった。
その繊細な刺繍のようなタッチ、メルヘンチックなモチーフに、本物を見てみたい! という衝動にかられ、その日の午後、中央区水天宮駅前の、ミュゼ浜口陽三ヤマサコレクションへ向かう。
ヤマサ? そうヤマサ醤油と美術館?と思う間もなく、ウェブサイトに浜口陽三氏は、ヤマサ醤油先々代社長の息子(三男)さんだったとある。その奥様が南桂子、ということで、そのコレクションを所蔵しているらしい。
1Fが小さな喫茶スペースと売店、展示スペースと、あとは地下にワンフロア。こじんまりとしているが、朝のTV効果かなかなかお客さんが来ていた。
南桂子さんは浜口氏との出会いがきっかけで、40歳すぎてから銅版画を学んだそう。
おもしろいな、と思うのは、一枚の版画に複数の技法を使っていることだ。
エッチング
ソフトグランド
ルーレット
サンドペーパー
うしろ二つは、銅板をこすったり傷つける道具かなと思うが、ソフトグランドって初めて聞いた。
このあたりの説明によると、やわらかい下地のようなもので、素材を転写するのに使うようだ。
ソフトグランドの上に、ルーレットで描画したり、サンドペーパーの質感を描写したものが、上記サイトにある、『少女とゆりの花』の作品の中にもみてとれる。
使っている色はかなりしぼりこまれているが、カラーコーディネイトが絶妙。
シンプルで静かな音楽が聞こえてくるみたいな童話の世界が広がる。部分をみれば、気が狂うかと思うほど緻密。
この写真は、上の真ん中のお城のはがきを接写して撮ったもの。このひとつひとつの線を見よ!
同じ銅版画家の山本容子さんが「刺繍みたい」と言わしめたのは、この細かなステッチのようなラインだ。
一部をみるとうなるような細かさなのに、余白の処理はゆったりとして、全体が静かだ。
構図も計算されているのか、天性のものなのか。
1950年代から亡くなる2004年まで作品を作りつづけたという。
展示作品は、1950年代から1970年代くらいが中心だったが、まったく古びない色、デザインだ。
1Fには、南氏の書いた童話の音声が聞けるようなコーナーもあった。
彼女は、童話の世界をことばでも版画でも作りたかったのだなと思った。
作品の中によく登場する、この無表情の少女は何を考えているのだろう。
簡単に幸せとか、不幸せというのではない、何かを伝えているような気がする。
この執念か情熱かの緻密さと、穏やかな自然と風景の静けさの組み合わせに、強烈な美意識を感じる。
一枚一枚の作品と向き合うと、作者の声にならない声が聞こえてくるようなのだ。
その対話が楽しめる、すばらしい作品たちだと思った。
ミュゼ浜口陽三ヤマサコレクションにて
7月31日まで。
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コメント
◇kikkoro さん
ほんとうに繊細で物語に引き込まれる作品ですね。バックの処理が丁寧で、淡く色を乗せていくのが、あまり他でみないかもですね。
おお、さすがご存知でしたか。一目惚れで一気に会いに行きました!
投稿: しづく | 2012/08/04 22:27
南桂子さん、好き~♪
版画のイメージを覆してくれた方です。
投稿: kikkoro | 2012/08/04 17:57