【読書ノート】三浦しをん 『舟を編む』 (ネタばれ注意!)
体育会系三浦しをん真骨頂!
世の中には言葉の意味をずーっと考えることだけに没頭して生きてる人がいた!
舞台は玄武書房という出版社の辞書編集部。
【辞書】 言葉という大海原を航海するための舟。
【辞書編集者】言葉の海を照らす灯台の明かり。
(『舟を編む』帯文より引用)
パズル的センスの整理術を見込まれ、営業から辞書編集室へ移動になった主人公M(仮名みつや:苗字がストーリーのおもしろさと関連してるので伏せます)が、次第に頭角を現し、一流の辞書編集者へ成長していくお話。その流れの中で、辞書はどうやって作られているのかを垣間見ることができるのが、この小説の二度おいしいところ。
その部分は綿密に取材した実際の行程と思われる。
辞書編集者の苦しくも哀しくおもしろい習性があれこれ紹介され、周囲の人を巻き込んで、熱を伝えて行く。
一番よかったのは、斜に構えていたちゃら男の西岡が、長く地道な編纂作業を、根気よく執念深く、覚悟をもって燃える火の玉のような情熱で取り組む仲間の姿を見たことで変わってゆく様子だ。
いけすかない中世文学専門の大学教授へ切った啖呵はすかっとしたねぇ~。
そして、彼は人生の方向転換を決意する。
「俺は名よりも実をとろう、と」
「実をとる」外側のかっこよさでなく、真実を求めること。
それは地味で報われなくて、疲れて、苦しい道なのかもしれない。でもだからこそ、そこで何かをつかもうとするんじゃないかな。
自分のできること、得意なこと、人に喜んでもらえるようなことをしようとするんじゃないかな。
言葉を、正確に別の平易な表現に置き換えるみつやは、「心をも率直に表明する以外の方法を知らない」。
お世辞も言えないみつやに言われた一言に、西岡は背中を押される。
128P-134Pの西行にまつわる二人の会話の件は、ほんとにすばらしい。
このあたりからティッシュと涙をぬぐうハンドタオルが手放せなくなった。
今、手元の『広辞林』を手に取る。三省堂編修所編、とある。
執筆者名はない。
今まで当たり前に見ていた、言葉の項目の一つ一つが、やけに愛しく思えてくる。紙の感触も確かめる。
製紙会社での、特注本文紙のプレゼンシーンも印象深い。顧客の要求にこたえられるか、やれることは全部やって、自信はあるのだが、顧客にYESをもらわないと仕事にならない、という緊張感。ものつくりの苦しさと喜びがストレートに伝わってきて、「うんうん、そうだね」と共感する。まさしくわたしもおんなじようなことをやっている。
月刊誌の発行や、書籍の編集を見てるから、辞書がいかに特殊かわたしにはよくわかった。作り手側の苦労も共感することが多かった。
一方全体が軽い調子で書かれているので、読みやすい半面、ちょっと軽くなっちゃった気がしたけど、それもしをんさんらしさかもしれない。シリアスすぎると照れちゃうみたいな。
いつか、お蕎麦屋さんでTVを見ながら、さっと取り出した用例採集カードを記入している人を見かけないだろうか。
frameborder="0">
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント