うーんと、これから書くことが悪口っぽく響かなければいいなと願う。
むずかしいのだけど。
相手がネットをしていないというのがわかってるので書けるズルさを利用してるから。
でも、わたしがいいたいのは、すごく本質的なこと。
昨日は、AQ五行歌会でした。
新しく二人の女性がご参加くださった。
おひとりは、やや熟年女性。以下Sさんと呼ぶ。
おひとりは、おそらく二十代の女性。
AQのほかのメンバーは、30-40代の女性5名と、30代ー60代の男性6名。
わたしたちはどう映ったのかな?
Sさんは、最初から表情が固かった。
最初のプリントを配り、選歌のときも、「なんだかお若い歌が多くてわからないわ。(点とか)つけられない・・・」とおっしゃっていた。点がつけづらいのはわかるので、その方は2首だけ○をつけて提出されたものを、受け取った。
60代のにこやかなOさんが、「わたしも最初場違いなところへ来たな~と思ったんですよ。だけどみんないい方で、もうこの5月で3年目になりました」とおっしゃってくださった。すごくうれしかった。
歌会がはじまり、1首1首、ていねいに感想が交わされ、作者コメントを聞くという時間の中、Sさんの表情を何度盗み見てもすごくつまらなそうにしていた。
歌に関心がないようにみえたのが、とてもかなしかった。
こんなにみんな熱いおもいで、しずしずと差し出される1首1首をちゃんと手にとってみてくれないって、なんてかなしいんだろう。
わたしはSさんの発言を待っていた。ようやく彼女が点をいれた歌のコメントを聞ける。
「よくわからないけど、なんか流れがよかった。ただそれだけです。」とおっしゃった。
歌のコメントは、むずかしい。7年も歌会にでてるわたしでも、いまでもむずかしくてうまく言えない。
正直がっくりきたけど、まあそんなもんかな、と思った。
もう1首のSさんの取ってくれた歌。「流れがよかった。歌の意味はちょっとわかりません」
心の中で、椅子から落ちてた。
Sさんはわたしたちにひとこともあいさつせず、さっさと帰ってしまわれた。
最初にわたしたちを見まわしたときに、すでにSさんのシャッターは下りていたのだ。
わたしたちの歌をちゃんと読んでくれていたんだろうか?
みんなの思いをすくいとろうと少しでも思ってくれなかったんだろうか?
年齢とか、経験とかにこだわらず、心を開いてほしかった。
こんなにいとしい魂たちの歌を、なぜ見てくれないのだろうとかなしかった。
Sさんはもういらっしゃらないだろうな、とおもう。
別の歌会のほうがいいのかもしれない。
年齢は関係ない。
心の開き方だ。
AQの参加者はみんな実年齢を忘れてる人が多いと思う。
そこにこだわってない。
どう感じて、どう表現するか、どう伝えるか。
そんなことを考えているひとたちだ。
表現をするって、そういうことなんじゃないかとおもった。
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