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2006/02/26

夢日記

それは目覚ましの音で遮られる直前まで続いていた。

場所はどこかのお宅。
わたしは長い廊下に立っている。突き当たりは、外に通じる勝手口のような扉。
人々があわただしく駆け巡り、どうやら奥の座敷で、誰かが毒を飲まされて死んだらしい。
誰かがわたしに告げては立ち去る。
誰かが警察に電話している。

気がつくと、わたしは一人で廊下に取り残されている。
廊下の両側は、いくつかの扉になっている。
恐怖が襲ってくる。
逃げなきゃ。
持ってきたかばんを探すが見つからない。

やがて、一番怪しい人がわたしに話しかけてくる。
なぜか、その人が犯人のように思える。
「かばんがどこかにいっちゃって・・・」といいながら、冷や汗をかく。
足元を犬が駆け抜けていく。

何か言わなきゃ・・・とあせってるところで目が覚めた。

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最近「内観」という言葉を知った。
自分自身を知るために、記憶をたどる行為だ。
ちょっとやってみようかと思う。
逃げ出したい願望が、もしかしたらあるかもしれないから。
それはきっと、自分が変わるときだ。

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コメント

◇美雨さん
 美雨さんも経験者でしたか。
 たしかに自分を知るのは怖いことかもしれません。
 それがプラスになることもあれば、自分の状況ではマイナスになることもあるんですね。
 むずかしいですね。ありがとう。

投稿: しづく | 2006/03/12 10:10

以前に私も「内観療法」というものを経験しました。
が、その頃の私には余り意味をなさないものでした…
自分自身を見つめるということは結構怖いものがあります。
そう、当然、自分の嫌な面にも向き合わなきゃなりませんものね。

投稿: 美雨 | 2006/03/11 02:00

◇みちこさま
 まだとっつきやすそうな内観関連の本を読み始めたばかりです。本格的には道場に入るみたいですが、日常の中でできることもありそうに思えてきました。
 童話は実体験をもとに作られているのですね。いまは意識してなくても、無意識の中にしっかりと記憶は残されているのかもしれません。

投稿: しづく | 2006/03/01 08:45

内観
精神を集中して自分の心を観ずることによって、自己の内部にある真理や自己の真実の姿を知ろうとする瞑想による修行法ですね
瞑想はしませんでしたが(厳しい指導にあいました)

少し違うと思いますが次に発表するこうち童話の「私のおとうさん」の合評中に元小学校の校長先生たちにもっと思い出せといわれて、本当は苦しんだのですが。
ついに父の戦死の知らせを受けたときの状況を再現?(そのときの担任の先生の名前から過ごした様子までね)できてしまったのです。
自分でもそんなことが思い出せるとは思いませんでした。
今推敲中です。
今日我が家へ来ていた姉(6歳上)はぜんぜん思い出せませんでした。
姪がなぜおばちゃんだけ思い出せるのといいますが。
結局は上から3番目という責任のなさが真剣に自分を見つめていたのでしょうか。


投稿: みちこ | 2006/02/26 17:00

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