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2005/09/11

さわれないものを伝えること

土曜日、いつものパソボラへ行った。
お部屋に入ると、点字付の絵合わせカードが机いっぱいに広がっている。
小4と中2の姉妹がこれで遊んでいた。
お姉さんは弱視ぎみである。二人は点字の練習をしたり、パソコンをさわりにきている。

このカードは、子ども用に点字とものの形を教える目的で作られたそうだ。
しかし、動物の形がこまかくて、うっすらくぼんでいるのだが、なかなかわかりずらい。
このカードから、先天的に目のみえない子どもに、どうやっていろんなものを教えるかという話になった。

とくに、さわれないものがむずかしい、と。

手近なものだったら、模型を使うのもいいかもしれない。
実際にさわって、形とか感触とかを感じてもらえる。
でも、さわれないもの。
たとえば空に浮かぶ雲はいったいどうやって教えるのか。

わたしたちは、言葉からイメージを浮かべることも多い。
しかし映像をみたことがない彼らは、イメージをどうやって作るのだろうか。
手に触った形は、あたまの中で描けても、触れないものは?

おそらく触ったことのある感覚のなかで、似ているものをつなぎ合わせてつくりあげるしかないだろう。
そしてそれは、言葉で。

雲だったら、綿を丸めたものを渡して、
こういうふわふわとした白い形のものが、空に浮かんでいるの。
これは水蒸気の塊だから、さわっても重くない。
つかもうとおもってもつかめない。
雨のもとになる雲は黒い。

いや、だめだ。
色がわからない。
これはクオリアの世界だ。ことばだけじゃ伝えられない。

でも。
ことばの限界の限界までいけるはず。
伝える限り伝えたいと思う。
こういうことを、目が見える人にも。

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コメント

◇道子さん
 障がいのある方と接してますと、自分のあたりまえがとても幸せなことなんだと気づかされます。
 美しい雲を見られることも、幸せだと。
 自分のおごりをリセットさせていただいております。

投稿: しづく | 2005/09/14 18:04

ヘレンケラーになって見ますか
聾学校へクリスマスのミュージカルプレゼントに行っていました。「風が伝えてくれる」という理解の仕方をしていましたが。大きいとは手を大きく回すジェスチャーでお話した記憶がありますがこちらは中学部で音楽に理解のある方でした。
雲ねえ?障害児保育の現場ではお空が晴れています。
まではわかるようでしたが?
私はリンゴ1個おしえるのに2日もかかります。
食べてさわって、(中国の方なので余計にね)ご家庭では中国語(沢って「冷たい!」といいます。
双生児の方でもう一人の方は重度の身体障害(車椅子)でした。笑顔の美しい方でした。
職員や園児に心から受け入れられている幸せを私のほうが感じました。

投稿: 道子 | 2005/09/14 12:46

◇美雨さん
 この話をしていたときに、雲はどうやって伝えようって考えて、「あ、こういうことっていつもやってる」って思ったんです。美雨さんが書いてくださった、気持ち。思い。
見ることもさわることもできないことを、ウタにしてるんだもの。
 言葉でたどりつける限界を知りつつも、挑戦せずにはいられないのです。

投稿: しづく | 2005/09/12 17:47

さわれないものを伝えること…何て言ったらいいのでしょう。
一度目にしたことのあるものなら、何とか伝えられるかもしれませんが、先天的に目が見えなければ感覚的に訴えるしかできないのでしょうけれど、その感覚というのも個人差がありますし。。。本当、難しいです。
言葉だけでつたえられないもの、私達にもひとつありますね。気持ち(心)。態度で伝える事も可能かもしれませんが…
あぁ、書けば書くほど分からなくなってしまいます。

でも、そういう普段余り考える事もなかった現実の一こまに触れ、私も真剣に考えなければならないなって、思いました。
切なくなるほどに…生きていることの意味、言葉の限界を。

投稿: 美 | 2005/09/12 12:05

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