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2005/08/30

創作に関するノート

インターネット上だけで、五行歌を発表してる人ってけっこう多いんだろうなと思う。
わたしも五行歌の会に入会する前の3年くらいは、その中の一人だった。
ネットにただウタをおいておいても、見てくれる人はそうそう多くないし、ましてやコメントをいただくことなんてめったにない。

創作活動とか表現は誰のためにするの?

自分の趣味? 好きだから? 日記? 自己満足?

表現って、人に見てもらうもの。
一人じゃ表現って成り立たない気がしてる。
メッセージは人に伝えるためのもの。
そこんとこは、きっちりしたい。

読んでくれる人がいて、作品のループは完成される。
自分のためだけなら、ネットに出す必要なんてない。
ネットで発信すると、想定しない人にも届いちゃうこともあるかもしれない。
でもあれこれ気を使って、表現を直しすぎると、魂が死んじゃう。

魂は燃やしてあげたい。
思いは成仏させたい。
それが誰かに届いたら本望だけど、あまり期待しすぎないほうがいいみたい。
(注:自分のできる最大限の伝える努力をしたとしても、です。)

ときどき「奇跡みたいだ!」と思うことがある。
ウタの成り立ちについてだ。
それに関してはまた今度。

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コメント

◇中谷さま

 >歌は発表できなくても自分の中で詠えた段階で昇華される思い結構好きで

 思いが昇華できる歌は、人からの評価と関係なく存在しうると思いますね。じぶんのためだけに詠うことももちろんあり、と思います。
 わたしも自分だけのための歌、ありますよ。
 そういうのは、日記に書いて封印されております。
 コメント、ありがとうございました。(^^)

投稿: しづく | 2005/09/01 23:31

私の中では「五行歌」を発表するということは先ず、自分自身の思いを見つめるということ、そしてそれを世間へ発表してもいいと自分の中で納得させる作業の下で行われます。そしてその段階にもっていくには推敲がある意味肝心だと考えますし、推敲したことで発見することもあります。もちろん、推敲の必要もなくさらっと発表できる歌もありますが、推敲さえもできなくてさてどうしようかと疑問符を抱えたまま私の中でコストされていく歌もあり、歌の世界は面白いなと思うわけですが、歌は発表できなくても自分の中で詠えた段階で昇華される思いが結構好きで私は「五行歌」をはじめてよかったなと改めて思ったりもする訳ですが...。

と、この記事を読んで少し考えたことなど投稿してみました。

ブログに投稿するのははじめてになりますね。
久しぶりになりましたが、これからもよろしくお願いします。

投稿: 中谷京華 | 2005/09/01 18:52

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