« 最悪の結末 | トップページ | 人のまわりにあるぽやんとしたもの »

2005/07/07

生命をひらく

岡本太郎著 『自分の中に毒を持て』を何度も何度も読んでいる。
パソコンディスクの横にあって、よく手にとっては拾い読みする。

頭の中をいろんな考えがぐるぐるして、結論がでないまま、ぼんやりしている。

自由に、明朗に、あたりを気にしないで、のびのびと発言し、行動する。 それは確かにむずかしい。 苦痛だが、苦痛であればあるほど、たくましく挑み、乗り越え、自己を打ち出さなければならない。 若い時こそそれが大切だ。 この時代に決意しなければ、一生、生命はひらかないだろう。

発言することが苦しくなることがある。
それは表現も同じ。
でもやめることはできない。
みっともなくても、あさはかでも。

絶対感。
プライド。
純粋。

未熟を恐れるな。
非力を恐れるな。
表現しつづけろ。

|

« 最悪の結末 | トップページ | 人のまわりにあるぽやんとしたもの »

コメント

◇ま のすけさま
 テンション高いときに書いたつぶやきなので、あとで苦笑したりするのですが、いまはまだ苦笑もできない・・・。

 表現欲っていうのもけっこう貪欲なものかもしれませんね。
 表現することで、恥をかくことも含め、やっと本質が見えるのです。自分だけで考えてるだけでもだめなんです。

 自分の枠を壊していくにも、出していくことは大切なのかもしれません。
 太郎さんは、「無条件に、無目的に生きよ」と何度も訴えかけます。生命力への回帰。歓喜。爆発。
 自分の愚かさにがっくりしているときに、太郎さんの言葉は沁みます。自分の絶対感を壊しながら、再構築して、創り出していく。
壊れるのがあたりまえだと開き直れたら、もっと強くなれるのでしょう。
この新緑のエネルギーのように生きれたらと、詠んだのが前回のAQに出した歌でした。

たっぷりと
若葉
風にそよいで
生きる意味なんて
問わなくていい

若葉は、これからどうなるかなんて考えない。
自らの命をまっとうするだけ。
あの緑の生命力をまぶたに焼き付けておきたいと思いました。


投稿: しづく | 2005/07/08 17:27

表現しつづけるってことは、自分にとっては、
つまりきっと・・・、
 “死ぬまで生き続けろ”ってことなのだろうと
思いました。(微笑)

そーいえば、
『自分の溜息は、全て俳句になる』なぁ~んていってた人も
居たなぁ。
 

投稿: ま のすけ | 2005/07/08 11:54

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 生命をひらく:

« 最悪の結末 | トップページ | 人のまわりにあるぽやんとしたもの »