現代工芸から非情のオブジェへ
ぽっかりとあいた休日。
わたしをさまたげるものは何もない。
そんなとき足が向くのは、日ごろチェックしておいた展示会だ。
東京国立近代美術館工芸館:非情のオブジェー現代工芸の11人を見に行く。
ずいぶんと涼しくなったが、皇居のまわりはまだ緑がたっぷり繁っている。昨日の台風のせいもあるのか、お堀の水はどんよりにごっている。
本館を通り過ぎ、国立公文書館を通り過ぎる。その先の工芸館はレンガ造りのすてきな建物だ。見学できるところは、外から見るよりずっと狭い。
2Fが展示室になっており、私のお目当ては、会期中6人のアーティストが日替わりで自分の作品について、お話してくれるという「アーティスト・トーク」なるものだった。
今日は清水真由美さんという陶芸家。(作風は上記サイトを参照されたい)
今にいたるまでの作品の変化、作品をつくる工程の話など、学芸員の方がインタビューしてそれに答えるというスタイル。熱心にメモを取っている人もいる。録音しようとしていた人は、注意されて止められた。
わたしのような一般人が、作家の生の声を聞くのは、とてもめずらしい体験だ。とてもわくわくと興味深くお話を聞いた。
トークが終わったあとは、落ち着いてゆっくりお部屋をまわる。11人の作品のうち、これは使えないだろうとおもうものは、2人だった。(いや、それでも何かになるのかもしれないが)ほかの方の作品は、限りなくオブジェに近い実用的な工芸品だった。
工芸は、身近にある美だ。飾られるのではなく、使われ、生活とともにあるものだ。
生活の中に美を取り入れて暮らせるのは、最高のぜいたくではないだろうか。
さらにいうなら、自分のつくったもの(器でも衣類でも、アクセサリーでも)とともに暮らせるのはもっと最高だ。
自分がつくったものって、多少ゆがんでたり、不細工でもかわいくていとしくてしかたがない。自分で作るなら、飾るものじゃなくて、使えるものを作りたいなーとぼんやり思う。
◆ おまけメモ ◆
その1)
築城則子さんの縞柄の着物地や帯地が、すてきですてきで、よだれがでそうだった。
配色がすばらしい。配色見本として、ハギレでいいからほしいと思ってしまった。
その2)
人間国宝、巨匠のコーナーに、故藤田喬平氏のガラスのおおきな器があった。そこにはまだ(1921-)とあった。
「虹彩」という作品は、ご自由におもちくださいと書かれたカードがあったので、頂いてきた。
その3)
この工芸館の展示を見ると、近代美術館本館の常設展示入場券(当日限り有効)がもらえた。駅へ帰る方向なので、ついでに寄ってきた。さすがに国立だけあって、一流の作品がずらり。かなりお得な気分になって帰ってきた。
難をいえば、自動販売機が冷たいものしか売ってなかったことか。(熱いコーヒーが飲みたかった)
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